ヒンデンブルクの政治的参謀たちは、前日まで全国の誰もが考えたこともないような
フォン・パーペンを政府首班に選ぶことによって、選挙が結びつけた大統領と民主的
諸政党とのあいだのつながりの糸を突如として断ち切った。
ドイツのボナパルティズムは、第1段階においては冒険主義の香辛料を欠いていた。
フォン・パーペンは、戦争中の自分の経歴と権力への奇跡的な上昇によって、
ある程度この欠如を補った。
言語についての彼の知識と非の打ちどころのないマナーは別にして、
それ以外の彼の才能について言えば、さまざまな潮流の判断も次の点で一致するだろうと思われる。
すなわち、今後、歴史家はもはや、ミヒャエリスを最も色あせた最も取るに足りない
ドイツ帝国宰相であると言うことはできない、と。