■知られざる世界権力の仕組み 寄生体シンジケートが富と権力を握る 1992年出版(著者)ユースタス・マリンズ■

第六章 世界権力の諜報機関CIAの機密活動を暴く

P83 
◇財団にまるごと乗っ取られたアメリカの立法・司法・行政部門◇
アレン・W・ダレスが新しい情報機関の長官〔在任1953~61年〕になった。副長官はフランク・ウィズナーが務めた。
当初の職員5000名から、1955年までに1万5000名に膨張した。

1974年には、1万6500名の職員と7億5000万ドルの予算を有していた。
国家安全保障局(NSA)あ全体で「情報」のための費用に60億ドルの予算を割り当てられた。

CIAは中央投資局といわれることがしばしばあるが、その理由はドノヴァンやダレスなどの幹部連中がウォール街出身だからではなく、
CIAが数多くの商業工作に携わってきたからである。CIAが内部関係者に「会社」と呼ばれるのは偶然ではない。

株の取引のかなりの部分が、CIAの内部情報にもとづいている。
つまり、世界中でCIAが集めた秘密情報を基礎にして売ったり買ったりするのである。

CIAは、また何十万ドルもの資金を費やして外国の選挙に影響をおよぼしてきたが、援助の対象となる候補者は
常に合衆国国民の利害に反し、世界権力の計画に献身する者たちばかりだった。

だが、CIAの主な影響力は、財団や大学をとおして行使されてきた。
なんともお目出たい話だが、立法・司法・行政の三部門を有する憲法に立脚したみずからの政府が、
三部門すべての基本政策を作成する財団によって全面的に乗っ取られたままであることに、アメリカ国民は気づいていない。

通貨政策は、通貨制度を規制する憲法上の権限を有する合衆国議会に関係なく、ブルッキングズ研究所で作成され、連邦準備制度をとおして実施に移される。
社会政策はフォード財団とロックフェラー財団で作成され、議会で立法化されて、あらゆる異議申し立てをしりぞけ最高裁判所によって支持される。
外交政策は行政部門の特権であるが、財団の「研究」と推薦に全面的にもとづいている。
三部門すべての職員のなかに、財団の工作員たちが大幅に浸透しているのだ。

CIAは財団と政府部門のあいだの調整機関として機能する。
ワシントン・ポスト紙の1984年12月8日付に掲載されたドン・ハリスの死亡記事がこのことを実証している。
この記事によれば、ハリスは1950年にワシントンにやってきて、経済専門家としてブルッキングズ研究所に勤務し、
その後CIAに移って極東部門と西ヨーロッパ部門を3年間にわたって統括した。

それから国防情報局(DIA)の計画制作部門に参加し、1983年まで勤務した。
マクジョージ・バンディが1964年に刊行した『外交の諸次元』では、このように述べられている。

「戦後のアメリカの大学での地域研究計画のすべては、OSS経験者たちが担当し、指導し、促進した。
地域研究講座のある大学と合衆国政府の情報収集諸機関とのあいだには、人員の相互浸透がかなり行われている」

バンディはフォード財団の理事長として人員の相互浸透をよく知る立場にあった。1984年4月21日のワシントン・ポスト紙はこう報じている。
CIAは空軍情報助成金などの「防衛」工作を通して資金を数多くの大学に注ぎ込んでいたが、
そうした大学はデューク大学、スタンフォード大学、テキサス大学など多数あった。

ピッツバーグ大学の学長ウェズレー・ポスヴァーは、自身が退役空軍情報部大佐だった関係から、
空軍情報部長ジェームズ・F・プファウツから回されてくる多額の空軍情報助成金を受け取った。
ポスヴァーはドイツ・マーシャル基金のメンバーでもある。