「なんだか空回ってばかりで馬鹿みたい」
その言葉だけツイートして、私はスマホをカバンに投げ捨てた。白い机に突っ伏す。ばあちゃるさんがこぼしたものだろうか、コーヒーの染みが干からびたミミズのように残っていた。
会社に呼び出されたと思ったら、ちえりーランドの中止を言い渡された。延期ではなく、中止。覚悟はしていたことだが、聞いた瞬間は視界が歪んだ。必死に声を絞り出そうとする私に対し、その社員は疲れた調子でこう告げた。
「『そんなこと』より、夜桜たまさんと仲直りはできそう?」
その後のことは覚えていない。なにか喚いて、なにかを放り投げて、走って走って、誰もいない会議室に流れ込んだ。もう結構時間が経つはずだが探しにくる様子はない。「後回し」にされているのだろうか。自嘲気味に笑うと涙腺が緩んで慌てて腕で両目をこする。
カバンのなかのスマホが震える。いくつのコメントがついたのだろう。従業員さんたちはなんとか私を慰めようと、優しい言葉を投げかけてくれているのだろう。
でも、もういいや。
もう疲れた。あの女のゲリラ配信に反応した時点で、「花京院ちえり」は死んだ。これまでコツコツと積み上げたものは一瞬のうちに瓦解した。
いったいどこで間違えたのだろう。いったいなにに躓いたのだろう。
こんなことになるなら、初めからアイドル部になんてならなければよかったのだろうか。
いや、しかしちえりとして過ごしてきたこれまでは本当に楽しかった。メンテちゃん、ばあちゃるさん、シロちゃん、従業員のみんな、それに、それに──。

ガチャリ、と扉の開く音がした。
迎えがきたのか。私はできるだけ緩慢な動作で顔を上げた。

そこには夜桜たまが立っていた。

「たまちゃ──」
思わず溢れそうになった言葉を飲み込んで、睨みつける。
「なに? 笑いにきたの?」
私の吐き捨てたセリフに、夜桜たまは動かない。
「よかったじゃん? これで後回しにされないよ、大事な大事なソロライブ」
夜桜たまは動かない。ただ悲しそうな顔で私を見つめてくる。私は苛立ちながら夜桜たまに詰め寄った。
「満足した? トーク力も一芸も歌も、なにももってないちえりちゃんの一大イベントがなくなって! さぞかしおかしかったでしょう!? さぞかし愉快でしょう!? あんたみたいなスタッフにも気に入られているやつには──」
「ちえりちゃん」
やめろ、そんな風に私の名を呼ぶな。

「ごめんなさい」

夜桜たまは泣きそうな声でそう絞り出した。

「ごめんなさい。私が、私がもう少し我慢できていたら──」

なんだ、その情けない謝罪は。そんなもので改心するとでも思っているのか。怒鳴ってやろうか、嘲笑ってやろうか。
私は言葉を紡ごうとして、紡ごうとして、絞り出てきたのは嗚咽だった。
視界が涙で霞む。違う、泣きたいんじゃない。コイツに、夜桜たまに罵倒を浴びせなければ。そう言い聞かせても、次から次へと涙は零れ落ちる。涙を拭おうしたのに、夜桜たまの手が私の目元を拭うものだから、もう止まらなかった。
花京院ちえりを捨てた私は、子供のように泣いた。夜桜たまも、夜桜たまを捨てて泣いていた。泣いて泣いて心の痛みが引いていくのを感じた。
ねえ、たまちゃん。私は、ちえりはあの日に戻れるのかなあ。あの楽しかった日々に戻れるのかなあ。
もうずっと前からこうすべきだったのだ。声にできない叫びを、2人で分け合うべきだったのだ。
私たちは声が、涙が枯れるまで、ずっとずっと寄り添っていた。