依存の正当化が女の一生だなどと対等的な議論に持ちこむのはNG。
「偶然にもある小国からの来賓と親しくなれた」と思うこと。
フィルタかけっぱなしでおもてなしする事でのみ嘘は真実となる。
もちろん大国でもいいが尊敬に値する部分は必要。
細かいことによく気がつくが大局観は殺人的に抜け落ちている。
細部はおかしくても全体はあってる場合があり、全体がおかしくても細部はあってる場合もあるという意味なのでバランスを取ろう。