2020年10月17日(土) 朝日新聞名古屋本社 声 あの日 あの時 〜過去の投稿から〜
 説

 説をなすものがある。今度の滝川教授首切り事件がすら/\と運んだら、次は東大の美濃部
達吉、牧野英一、末広厳太郎の三教授の首を順々に切つて行く腹であつたといふ。

 どうもこの三人はいふ事が少し自由すぎるといふのださうな。この上勝手にいはせておけば、
どんな危なつかしい事をいひだすか知れないといふのである。危なかしいとは、思想的に国民の
ために危険なといふのか、それとも時の政府の都合からいつて、自分らの足許(もと)のために
危険だといふのか、そこンところはどうも能(よ)く分(わか)らない。

 併(しか)し今度の滝川事件に対する当局の腹はすこぶる強硬なものであつて、大学の二つや
三つ打ツつぶれても驚かない腹だといふ説もある。然(しか)りしかうして、それには平生
軟弱を以(もつ)て聞(きこ)えた当局の腰を、うんと押すものがあるのだとも伝へられる。

 しかしもしそんなに当局が頑ばるほど滝川某といふはけしからん男であるのなら、そんな
けしからぬ男を管下からだした文部大臣に責(せめ)のないものだらうか。大臣が危険と見て
処分しなければならぬやうな大学教授があつたとしたら、管下の裁判官に危険なのがゐたとて
司法大臣が責を引いたやうに、文部大臣もまた責を引くべきものではないのだらうか。

 法相は責を引きかけて引つこめた。風を引いたよりは筋道が通つてゐる。(五郎兵衛寄)

                            =1933(昭和8)年5月30日

========
 この時期にわざわざ滝川事件に関する投稿を再掲載したのは、いかにも朝日新聞らしく、
日本学術会議の会員任命拒否云々に引つ掛けての事でせうなァ。