産経抄 4月5日

 愛情や友情は数の世界にも成り立つらしい。例えば220という数である。

 ▼自身を除く約数を全て足すと284になり、284で同じ計算をすると220となる。この関係を、「友愛数」と呼ぶ。「神の計らいを受けた絆で結ばれ合った数字なんだ」−。
小説『博士の愛した数式』(小川洋子著)に、そんな一節がある。友愛数を最初に発見したのはピタゴラス、紀元前6世紀のことだという。

 ▼人間界の不和やいさかいが、数の世界にもあるのか寡聞にして知らない。とはいえ、人と人の関係が見た目ほど簡単ではないのと同じで、単純な数式が深遠な法則を宿すこともある。
「a+b=c」となる自然数a、b、cの間に成り立つであろう特別な関係が、世界の数学者たちを30年以上にわたり悩ませてきた。いわゆる「ABC予想」である。

 ▼神様はときに、人の姿を借りて地上に降りてくるらしい。かの難問を証明した、京都大の望月新一教授である。題名に「宇宙」を冠した論文は「2050年から来たような理論」と驚かれた。
理解できる学者は世界にも少なく、検証に8年近くを要した。「数百年に一度の業績」と賛美の声があり、数学の未解決問題に道を開く可能性もあるという。

 ▼「宇宙には同一のデザイナーのしるしがある」とは、物の落下と惑星運行の連関を解いたニュートンの言葉である。数学と宇宙を結ぶ等式は、門外漢にはピンとこない。
快挙を成し遂げた教授の中では全ての数式が宇宙と握手し、親愛の情を育んできたとみえる。解明のときを待つ真理はさて、あとどれほど世の中にあるのだろう。

 ▼それを解くカギは−。小説の中の「博士」いわく「神様の手帳だけに書いてある」。望月氏はその手帳をもう手に入れたろうか。