産経抄 2月7日

 ペストといえば、かつてヨーロッパの人口の3分の1に当たる死者を出した恐ろしい病気である。19世紀末にも、香港での大流行をきっかけにして世界に広がった。

 ▼明治32(1899)年6月に横浜港に入港したアメリカ丸の船倉で、苦しんでいる中国人船員が見つかった。診察したのは、採用されたばかりの22歳の検疫医官補である。採取した検体を調べてペスト菌を発見した。

 ▼検疫所はすぐに病人を隔離して船内の消毒処理を行い、横浜上陸を阻止した。大手柄の若者こそ後に細菌学者となり、現在の千円札の図柄でもある野口英世である。今回もなんとか、水際で食い止めたい。

 ▼大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」では、新型コロナウイルスの集団感染が確認された。今も横浜港周辺にとどまり、船内では検疫作業が続いている。
香港で下船した男性(80)の新型肺炎の発症がきっかけだった。乗客乗員約3700人のなかで、その後も感染者が増え続けている。

 ▼厚生労働省は感染拡大防止のために、乗客らに対して最長14日間船内で待機するよう要請した。
豪華客船には、プールから劇場、カジノ、サウナまで、なんでも揃(そろ)っているというのに、乗客は室内で過ごすよう求められる。
持病のある高齢者からは薬がなくなる不安や不眠を訴える声も上がっている。やむを得ない措置とはいえ、乗客は数日前には夢にも思わなかった苦行を強いられている。


 ▼国土交通省によると、昨年クルーズ船で来日した外国人旅行客は215万人である。政府はもともと東京五輪・パラリンピックが開催される今年、訪日クルーズ客を500万人とする目標を掲げていた。大型クルーズ船時代には、新たな脅威と向き合う覚悟が必要である。