7月31日(水)朝日新聞東京版朝刊文化面・文芸時評

小野正嗣(作家)   大江作品を読む   名著は問う 社会のいまを

このひと月は、ずっと大江健三郎ばかり読んでいる。

NHKのEテレに「100分de名著」という番組がある。9月に大江の長編小説
『燃えあがる緑の木』(新潮文庫)が取り上げられることとなり、僕が講師を
担当するのだ。

『燃えあがる緑の木』は、3部から構成され、1993年から毎年1部ずつ文芸誌
「新潮」に掲載された。いまでもよく覚えているが、大学生だった僕は、単行本化が
待ちきれず、「新潮」を買って読んだ。

この長篇の第2部が刊行された94年に、大江はノーベル文学賞を受賞する。当時まだ
日本語でしか読めなかったこの作品は、ノーベル賞につながる大江の国際的な評価には
直接の貢献はしていないのかもしれない。

しかし、改めて読み直してみると、名著に値する作品だと痛感する。ほぼ四半世紀前に
書かれたにもかかわらず、まるで古びておらず、それどころか僕たちの社会の〈いま〉に
呼応するような問いかけがたくさん含まれていると感じられるほどだ。

(続く)