産経抄 1月7日

 ソニーの創業者、井深大(まさる)さんは、幼児教育の研究者としても知られていた。著書の『幼稚園では遅すぎる』に、親友だったホンダの創業者、本田宗一郎さんから聞いた幼い頃のエピソードを記している。

 ▼家の近くに精米所があり、パンパンとなる発動機の音が面白く、石油の排気の臭いにも親しんだ。オートバイ好きになった原因はこの体験かもしれないという。
幼児にとって周囲の環境がどれほど大切か。訴え続けた井深さんが知ったら、膝を打ったに違いない。

 ▼日本囲碁界に史上最年少のプロ棋士が誕生するニュースである。4月にデビューする大阪市内の小学4年生、仲邑菫(なかむら・すみれ)さん(9)の父はプロ棋士九段、母もアマの強豪である。
生まれた時から、碁盤と碁石が近くにあった。3歳で母親からルールを習い、韓国の道場でも修行に励んできた。

 ▼かつて囲碁をお家芸にしていた日本だが、中国、韓国の棋士に勝てなくなって久しい。その理由の一つが、才能のある子供たちを集めて徹底的に英才教育を施す、日本にはない育成システムである。

 ▼危機感を強める日本棋院では、従来のプロ試験の手続きを省略する、若手抜擢(ばってき)の制度を新設した。井山裕太十段(五冠)らトップ棋士の審査をへて、第1号となったのが仲邑さんである。
笑顔にあどけなさが残る少女の実力は折り紙付き、とはいえプロの世界は厳しい。

 ▼これまでプロ入り最年少記録を持っていたのは、藤沢里菜女流名人(20)である。祖父の秀行さんは、酒とギャンブルをこよなく愛した無頼派ながらも、囲碁に取り組む姿勢は誰よりも厳しかった。
その名棋士が色紙に書いた言葉は「膝錐之志(しっすいのこころざし)」。眠くなっても膝に錐(きり)を立てて勉強する覚悟がなければ、大成しないというのだ。