H氏の弁明とは少し違い、繁美さんは大勢の取り巻きの中で特別な存在に
昇格したようである。問題の月50万円契約はあったのか?
「お金を渡したことはないし、要求されたこともないですね金品の類は一切なし。
当然ホテル代や食事代は僕が出して、1回10万円程度。それを”愛人関係”と
いうんなら、そうかもしれませんが。彼女にはっきり言ってましたから。
”2人で接点がある時だけ楽しくしようね。それ以外で僕は君を監視しないから、
僕にも干渉しないでくれ”ってね」繁美さんも繁美さんで「彼氏」の存在を
明かしていたという。打ち明けて言うには「土・日は彼といるから。
あなたにも奥さんがいて、奥さんのトコに帰るでしょ。私に彼氏がいて
どうしていけないの」。大人びた割り切り方だ。相手の私生活も問わないH氏。
知人からの伝言では繁美さんの彼氏、「バーテンダー」だったという。
再び回想。「いい娘の反面、彼女は贅沢が好き。必ず某ホテルのスイートルームを
取ってくれ、とリクエストしてきました。で趣味はマッサージ(笑)マッサージの
おばさんを呼んで、してもらうんです。僕は脇で”面白い、変わった娘だなぁ”って
思ってました」タイ旅行は繁美さんの高3の夏休み。H氏の知人のS氏、
繁美さんの親友のA子さんと友人のB子さんの計5名で日本を出発し、
現地でH氏の会社関係者が合流したという。「高校生の思い出に」と
「エコノミーのパックツアー」をS氏と折半で奮発したH氏。
3組の男女はパタヤビーチの最高級ホテルのスイートルームでバカンスを堪能した。
「麻薬ですか?だって想像してくださいよ。3対3でガチャガチャ騒いで、
ご飯食べたりしただけなんですから。そんなこと全然。タイの厳しい法律、
知ってますし。麻薬のマの字も、覚醒剤のカの字も出ないですね。
寝る時は野郎同士はイヤだから、それぞれが別の部屋で寝ましたが・・・」
H氏との半年間の愛人関係を終えた翌86年5月。
高卒直後の繁美さんは尾崎豊と巡り会った・・・。