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人嫌いの夏目漱石が信頼された理由

神経衰弱に至った末に見出した“鉱脈”【大人の人間関係力】

齊藤 孝=明治大学文学部教授
2018年3月7日(水)バックナンバー
実は人嫌いでかんしゃく持ち。ところが自宅は千客万来。それが夏目漱石の実像だ。

なぜ漱石は多くの人から慕われ、頼られたのか。小説ではなく講演録と膨大な手紙から、その謎に迫ってみよう。

(まとめ:島田 栄昭)


齊藤 孝(さいとう・たかし)
1960年静岡県生まれ。明治大学文学部教授。東京大学法学部卒業。東京大学大学院教育学研究科博士課程等を経て現職。専門は教育学、
身体論、コミュニケーション論。累計部数1000万部を超える著書を送り出したベストセラー作家でもある。2018年2月に、
ビジネスに役立つ実践的な“人づき合いのコツ”をわかりやすく解説した『大人の人間関係力』(日経BP社)を上梓。(写真:平野 敬久)
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/090600161/030200031/?rss&;ST=smart


 日本の「文豪」と言えば、真っ先に思い浮かぶのが夏目漱石だろう。だが漱石は、創作の世界に没入していたわけではない。自宅には連日のように来客があり、若い弟子たちも集まっていた。人一倍世間と向き合い続けた作家だったと言えるだろう。

 ただし、本人は人づき合いが好きではなかった。むしろ人嫌いで偏屈でかんしゃく持ち。それでも多くの人に慕われたのは、「社会の役に立とう」「日本文学の担い手を育てよう」と覚悟を決め、誰に対しても一生懸命に接したからだろう。

 その意気込みを垣間見ることができるのが、『私の個人主義』という作品だ。学習院大学での講演をまとめたものだが、その前半では自身の冴えない青年期を回想している。大学卒業後に教職に就いたのも、
国費でロンドンに留学したのも、他人に勧められただけ。自分が本当は何をすべきかを見つけられず、「あたかも嚢(ふくろ)の中に詰められて出る事のできない人のような気持」だったという。

「自己本位」という“鉱脈”

 やがて神経衰弱にまで至るわけだが、その末に「自己本位」という言葉に出合う。他人に流されるのではなく、“自分で生きる道を探し出す”ということだ。
その結果、「ようやく自分の鶴嘴(つるはし)をがちりと鉱脈に掘当てたような気がした」と述べ、学生たちに以下のように語りかけている。

 「もし途中で霧か靄のために懊悩していられる方があるならば、どんな犠牲を払っても、ああここだという掘当てるところまで行ったらよろしかろうと思うのです」

 この作品における漱石の語り口は、ひたすら熱い。社会へ出る学生への激励と思いやりに満ちている。ここまで“魂”がこもっていれば、当時の学生のみならず、
現代の悩める社会人の心にも響くはずだ。自己啓発の意味でも、また人をその気にさせる話し方を学ぶうえでも、一読をお勧めしたい。

→徹底的に褒め、その言葉に責任を持つ
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→馬ではなく牛になれ
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