●ついに殺されかけ…

会社のエントランスに立ち尽くして、怯えていた。誰もいない。街がシーンとしている。車だけが往来し、それらは全部、“組織の部下“の車である。このまま敷地の外に出たら、連れ去られて、殺されるのかな。
そう思ったけれど、覚悟を決めたけれど、やっぱり死にたくなかった。好きな人だっているし、親も存命だし、親友と色々なところに行きたいし、可愛いハムスターだって家で私を待っているのだ。
震える手で携帯を取り出し、私は自分で救急車を呼んだ。このまま連れ去られて殺されるなら、”声”にしたがって、一生檻のなかにいるほうがましだと思ったのである。救急車はすぐにやってきて、会社の敷地に止まり、私を乗せた。
でも、救急隊も私に何をするかはわからない。警察だって信用できないのだから。救急車はそのまま重篤な統合失調症を扱う近所でも知られた精神病院に連れて行った。

「これで殺されなくてすむのかな」

ホッとして、気がついたら病院のベッドにいて、冒頭の通り失禁していたのである…。
しかし、まだ薬を飲んだわけでもなく、幻聴は続いてる。鉄格子の部屋に入れられたものの、看護師も医師も、信用できない。
それに、鉄格子の前に、別のヤクザが腕組みして腰掛けている。上半身裸で入れ墨をこちらに見せながら、入り口に座っている。はっきりと見える。「殺すぞ」と言われた。でも、鉄格子の中にいたら安心だ。これから一生、ここで暮らすのかな。トイレとベッドと鉄格子以外何もなくて、慣れたら意外と快適かもしれない。
ベッドに座っていたら、白衣の男性が入ってきた。そして「これを飲んでみて」とカプセルを手渡してきた。拒否権はない。私は”それ”を飲んで、横になった。

病院の中でも“組織“はアクティブに活動していている。つらい。声もたくさん聞こえる。それでも、日が経つにつれ、毎日、渡されるカプセルを飲んでいると、声が聞こえなくなった。

「統合失調症」

と、医師は私にいった。

私はようやく、現実を受け入れた。私は統合失調症になったのだ。人類史上最悪の病に。
それから1ヶ月経って、一時帰宅することとなった。まだこれでも声が聞こえたらどうしよう思っていたけれど、自宅に戻ると静寂が待っていた。
私は結局、職場の敷地から救急車で運ばれてそのまま入院したのであった。会社は課長さんが休職手続きをしてくれて、給料もそのまま振り込まれていた。おまけに見舞金も。入院代はそれで払うこととした。13万円。課長さんが病院にやってきて、医師と私と三者面談することとなった。
「復職したら、出勤訓練をしてください。午前中に会社に来るだけでいい。ただし、契約は年度末で終わり。」
と宣言された。またクビになったのである。

私は35歳になっていた。貧困と一人暮らし未婚と貯金ゼロと…失職と統合失調症まで背負うことになってしまった。