●”組織”に命を狙われる

統合失調症の妄想でよくあるのが、「組織に命を狙われる」というものである。私自身も同様で、徐々に水位が上がるように狂気がこみ上げ、命を狙われるような気がしてきていた。
誰に狙われているか。それは、パートナーの過去と関連づいたものだった。彼は元・港湾労働者で、港湾といえばしきっている上の方は、いわゆるヤクザやさんなのが慣例である。その人達が、私を追いかけ回す“ストーカー“の部長さんとつながって、登場してきたのである。つまりは、彼らがこの一連の幻聴の”黒幕“だった。しかも私を殺しにやってきた。

私は率直にいって怖かった。幻聴とはいえ、ヤクザに命を狙われていると思い込んでいるからである。しかし、私は彼らと面識があるわけではなかった。ただ、存在を知っていただけ。それでも、どんどんその存在は大きくなり、私の命を脅かすようになってしまった。
幻覚も幻聴も妄想も、自分の意思ではコントロールできない。一方でこの頃、精神科にいくことも考えていた。職場でも、様子がおかしい、といわれるようになっていた。

職場の課長さんに呼び出された。同性愛者の噂を立てられた件で私が人権委員会に申し立てようとしていたからである。課長さんは「君と話した人がみんな心配している。ちょっと様子がおかしいような気がするんだけど。もしよかったら、産業医にかかってみないか? スケジュールは調整してあげるから…」といってくれた。しかし、当の課長さんも、(私の中では)組織に操られているのである。

私は、産業医ではなく、精神科に行きたいと言った。でも、当時の私はその会社からの給料でギリギリの生活をしており、お金がなかった。「精神科っていくらぐらいかかるんでしょうか?」と聞くと課長さんは調べてくれ「3,000円ぐらいのようです」と教えてくれた。しかし私はその3,000円も厳しい生活をしていたのである。
でも、もう心身ともに参っていて、夜は眠れないし問題は解決されないし、声は聞こえるし怖い人もウロウロしている。もう私は、死ぬか殺されるかしかないんだろうか。

こんなにつらいなら、いっそ死のうと思った。遺書を書いて自宅を整理してクローゼットにベルトをかけ、クビを吊ろうとした。しかし、そう簡単には死ねなかった。根性なしである。

翌日、落ち込んで会社にいくと、職場の人たちが「死のうとしてやんの!」と大爆笑している。とても傷ついたし、そもそもどうして私が死ななければならないのだ、とも感じた。
幻聴のなかで、親にも連絡がいってるとのことだった。ヤクザが実家の工場にやってきて、親が土下座し、申し訳ございません、と謝罪していると。「もう逃げ場はないぞ」と聞こえてくる。

そして幻聴にも最後の日が来た。私ははっきりと幻をみてしまった。もうろうとした頭で、勇気を振り絞って、幻覚と対峙することにした。逃げ回るのはもうやめだ。