●幻聴どころか黒い服の幻覚が見えだす

その頃、土日になると、電車で30分ほどの住宅街にある親友宅に泊まっていた。心優しい親友と、大学教授のお父様の二人暮らしのきれいな邸宅。親友とお父様は私の話をバカにせず聞いてくれ、孤独な世界でふたりは味方だった。

お父様にお小遣いをもらって、土日は二人でいろいろなところにいった。当時できたばかりのスカイツリー。お台場。ディズニーランド。しかし、あちこちで、私を監視している人がいる。黒い服の…。

ここで豆知識なのだが、統合失調症の人たちはその多くが「黒い服の組織に追われている」という話をしだす。後に通うことになる障害者センターで出会ったお友達はみなが黒い服の人たちを怖れていたし、私も同じだった。
なぜ黒い服になるのかはわからない。後の研究で知ったところによると妄想は時代や国で異なり、現代日本ではとくに「他者との関係性のなかで自我を確立する」ため関係妄想が起きやすいのだとか。
黒い服の人たち、主にスーツの人が私を狙っているように思えた。みながつながっているように感じたし、東京の人が多い地域では顕著だった。ただし、住んでいる人が少ない住宅街でも同じ現象は起こった。つまりは、どこにいっても私は追いかけ回され、監視され、嘲笑され、その声と人の姿は存在が大きくなっていく。

この頃になると、幻覚もみえていた。警察もダメだし、会社は全員がストーカーだし、外にでかけても、ロックオンされているのである。
私は昼休みになると職場を抜け出し、近隣のベンチに座って必死で対策を考えた。ガラケーでいろいろ調べた。しかし職場に戻るとそれも筒抜け。「電波ジャックもされてる」と、元プログラマらしからぬ発想で親友に訴えた。
考えてみると、典型的な統合失調症である。親友は私を心配そうに眺めていたものの、病院嫌いの彼女はとくに私に通院をすすめなかった。いや、すすめていたら、彼女も“組織”の味方だとして私は敵認定していたことだろう。

この頃から、職場でも地域でも自宅マンションでも「お前は統合失調症だ!」「病院にいけ」「一生、檻の中にいろ」「鉄格子の部屋で死ぬまで暮らすのだ」という声も聞こえてくるようになった。
転居したばかりで誰もいないはずの隣の部屋に、住民が戻ってきて扉をバンバン叩きながら騒ぐ。「お前は統合失調症だ!」と。うるさくて、つらくて、怖くて、たまらなかった。病院にいけといわれているが、どうしたいいかわからない。

私は、付き合っているパートナー(のちの社長)に、恐る恐る聞いた。
「仮に…仮に…私が精神病になって檻の中に入っても、お見舞いに来てくれる?」
と。すると彼は「うん。毎日お見舞いにいくよ」と答えてくれた。彼はまだ私の異常に気づいていないけれど、私はそろそろヤバいかもしれない。そんなふうに思っていた。

そして、この“彼“を巻き込んで、私の幻聴と幻覚はピークを迎えるのである。