獲得免疫と自然免疫
野中 勝(生物科学専攻 東京大学教授)
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/story/newsletter/keywords/30/05.html

ヒトを含む哺乳類の免疫機構は,獲得免疫と自然免疫に分けられる。
獲得免疫は,後天的に外来異物の刺激に応じて形成される免疫であり,高度な特異性と免疫記憶を特徴とする。
異物を認識するのは,リンパ球がつくる抗体やT細胞受容体で,それらの遺伝子はリンパ球の分化過程で,細胞毎に異なる遺伝子再編を行うことにより,全体としては驚異的な認識多様性を実現している。
個体の発生過程では自己成分と反応するB細胞やT細胞も出現するが,このような細胞は淘汰され,自己成分を除くあらゆるものを認識できるレパートリーが形成される。
そこへ外来異物が侵入し,反応するリンパ球だけが特異的に増殖するのが獲得免疫反応である。

いっぽう,自然免疫は,先天的に備わった免疫であり,異物認識は微生物などに固有の分子パターンを標的に行われており,認識分子である補体成分の一部・レクチン・Toll様受容体などは,
ゲノムにコードされたままの形で使われている。従来,獲得免疫の補助的な役割を果たすにすぎないと考えられていたが,近年,微生物などの感染にさいし初期の自然免疫の発動がなくては獲得免疫も始動しないことや,
獲得免疫は脊椎動物に固有で,大部分の動物は自然免疫のみに頼っていることが明らかになってから注目されている。
獲得免疫と比較して特異性では劣り,免疫記憶も存在しないが,病原体の侵入に対して即時に対応でき,また自己にない分子パターンを直接認識する方法は素朴であるが破綻しにくい。
獲得免疫は高度な異物認識レパートリー形成方法をとるが,破綻して自己免疫疾患にいたる危険性を有するのと対照的である。

進化的に見た場合,獲得免疫はひとつのシステムとしてまとまりがよく,その主要な遺伝子のほとんどは有顎脊椎動物の共通祖先の段階で一斉に出現したと考えられている。
それに対して,自然免疫に関わる遺伝子の進化的起源はまちまちで,脊椎動物の出現するはるか以前から存在していたものも多い。