157のつづき

壇弁護士が小説の本という形にこだわったのは、映画化を見込んでの理由だけではない。
「Winnyを知らない世代の人たちに読んでほしいと思いました。金子さんという人物がこの世にいたということを知ってもらいたいと思ったんです。もしも、小説として本屋さんに並んでいたら、
もしかしたら手にとってくれるかもしれないから」
●懇親会の一言から弁護することに…
この本では、金子さんが逮捕されるところから始まる。
金子さんは少年時代からプログラミングで頭角を現していた。パソコン少年はそのまま成長し、大学院を経て、2002年には東大の特任助手に採用された。当時、金子さんは自宅で電動機付
ベッドを使っていた。ベッドの上でリクライニングを起こしてはプログラミングをして、2日間で8時間ほどまたリクライニングを倒して寝る生活だったそうだ。
プログラミングに没頭する生活の中で、金子さんはWinnyを開発する。そこに目をつけたのが、サイバー犯罪対策に力を入れている京都府警だった。壇弁護士はこう書いている。
「日本で目立った存在だった『金子勇』という男の立件に目をつけたのは、ある意味、必然だったのかもしれない」
一方、壇弁護士は当時、大阪にあるサイバー法の研究会の懇親会で、「もし開発者が逮捕されたら、全力でやりますよ」と断言していた。実際に著作物をWinnyのネットワークで流し、公開し
た人たちが逮捕されていたが、まさか開発者が刑事事件に巻き込まれることはないだろうと見込んでいた。
甘かった。2004年5月に金子さんは逮捕される。その時の様子を壇弁護士はこうも書いている。
「テレビでは東京で逮捕された彼が京都まで新幹線に乗せて連れて行かれる最中の映像が映されていた。釣り用のベストを着てダサいにもほどがある姿である」
そういう壇弁護士自身も、懇親会で言った一言が降りかかってきた。「弁護するって言っていたよね」と知り合いの弁護士から指摘され、「やりますよ」と言っていたという。そこから、怒涛の刑
事弁護に突入していった。
●「シャチハタ男」が完全黙秘するまで
刑事事件に容疑者として逮捕された経験がない人の多くは、裁判で真実を話しさえすれば、必ず信じてもらえると考える。金子さんも例外ではなく、検察が作文した著作権侵害を認める自白
調書などにサインをしてしまっていた。
小説によると、「あのシャチハタ男をどうにかしろ!」と壇弁護士は声を荒げたという。何にでもサインしてしまう金子さんを、壇弁護士はなんでも押印できる「シャチハタ」とあだなしていた。
しかし、ここから壇弁護士の反撃が始まる。
金子さんを助けたいという技術者たちから届いた支援のメールを見せ、事態を理解してもらおうとした。金子さんは、その中に自分の大学の恩師の名前を見つけ、「自分のためじゃなく、みん
なのために戦います!」と話し、以後は完全黙秘を貫くことになる。
壇弁護士は、金子さんとの当時のことをこう話す。
「日本の刑事司法は本来的にアンフェアです。みんな知らないだけで、捕まって初めてわかります。
金子さんが『だって本当なんだもん』と言うから、『だったら冤罪なんてない』と何回も言いました。『えええ、だって天下の裁判所じゃないですか』『お前は何を言ってるんだ』って、全部ツッコ
ミしてましたね」
ただし、小説ではそこまであえて書かれていない。
「刑事司法がおかしいということは、この本の中ではあまり正面から言わないようにしました。僕は淡々と金子さんのことを書き、読む人には自分なりの結論を得てほしいと思っています。
小説としてどう読ませるかは工夫しましたが、こう読んでほしいということは入れていませんでした。読む人に補完してほしいからです」
壇俊光弁護士 壇俊光弁護士(2019年10月/弁護士ドットコムニュース編集部撮影)