(社説)阪神支局襲撃 集えぬ春 それでも語る 2020年5月2日 5時00分

 思うように人に会えない。外出もはばかられる。ゆっくり語り合うことができない――。

 戦後の日本社会が初めて経験する異様な状況のなかで、あす憲法記念日を迎える。
 33年前のこの日、兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局を
散弾銃を持った目出し帽の男が襲い、記者2人が殺傷された。
 個人の尊重をうたい、基本的人権を保障する憲法を真っ向から否定する凶行だった。

 29歳で亡くなった小尻知博記者は生前、好きな演劇に関する記事をたくさん書いていた。
取材を受けた劇団員や市民団体のメンバーは、事件後、毎年5月3日に
小尻記者の担当地域だった阪神尼崎駅前に集まり、「青空表現市」を開いてきた。

 思想の自由、集会・言論の自由、表現の自由……。社会を成り立たせているそうした価値を
ずっと守っていこうという思いを胸に、寸劇や歌、踊りなどを披露し、祈り、悼む場だった。
 その企画もコロナ禍の影響で今年はとりやめになる。
「残念です。黙ることなく声を上げ続けてきたので」。
主催メンバーの一人でフリーの英語講師・松中みどりさんは悔しがる。

 朝日新聞労働組合が主催する「言論の自由を考える5・3集会」も中止が決まった。
ただし問題意識を共有する機会までなくしてはならないと、パネリストとして登壇予定だった
4人の事前インタビューを公式ツイッター(@asahi_roso53)で順次発信する。
一堂に会することはできなくても、つながり合える新しいツールを使って活路を見いだしたい。

 襲撃事件関連だけではない。100年の節目を迎えたメーデーしかり、護憲・改憲の立場を問わず、
憲法について考えを深めようという集会しかり。ともすれば面倒くささが先に立っていた
マンションの管理組合や町内会の会合も、いざ開催が難しくなってみると、
人々が寄り合い、意見を交わす営みのありがたさを改めて感じる。(続く)