2017年1月10日 16時0分

12月だというのに、シャツ一枚で過ごせる心地よい気候。台北駅から20分ほど北に向かって歩くと薄茶色の古めかしい
建物が見えてきた。12月10日に開館した、台湾初の慰安婦博物館「阿家(アマーの家=おばあちゃんの家)平和と女性
人権館」だ。間口は5〜6m程度と狭く、小ぢんまりとした印象だ。
開館翌日のこの日、「歴史から行動へ慰安婦博物館グローバルアクション、国際交流座談会」と題した記念シンポジウム
が開かれ、台湾・韓国・中国・日本の4か国から、人権運動や慰安婦博物館の運営に携わる人々が一堂に会して、通訳
を交えて報告を行うことになっていた。まさに“慰安婦サミット”である。

シンポジウムが始まると、教室一つ分ほどのイベントスペースに50人近い来場者が集まった。大半が女性で、日本人男性の
私はいわば“加害者”の末裔。何とも言えない気まずさに、背中がむずがゆくなる。
博物館を運営する婦女救援基金会の康淑華執行長がマイクを握り、開会の挨拶を行った。
「私たち共通の目標は、日本政府に対して正式な謝罪と賠償を求めることです。たったこれだけのことが、いまだ何の成果
も得られていないのです」と神妙な口調で語ると、マイクを韓国の代表者、申寶G氏(「慰安婦の声」ユネスコ記憶
遺産計画責任者)に譲った。
「日本の安倍政権は慰安婦問題を解決する気がなく、国際機関からの勧告を徹底的に無視しています」
「彼らは、慰安婦たちが亡くなればこの問題も終わると思っているんです」
そう強い口調で日本を断罪し、2015年に慰安婦をユネスコ記憶遺産に登録申請した件についてこう語った。
「100年、200年後に慰安婦の歴史がどのように定義されるのか。そこで重要な役割を担う」
ユネスコ記憶遺産の申請については、「性奴隷」や「慰安婦20万人」といった主張に明確な裏付けはない。彼女たちの
狙いが実現すれば、彼女たちこそが“歴史の改竄”に手を染めることになるのではないか。2015年は申請が却下されたが、
「来年(2017年)こそ登録できるよう全力を尽くす」と語気を強めており、まったく諦めていない様子だ。

http://news.livedoor.com/article/detail/12519194/