先日のオウム擁護会見、江川や滝本だけでなくヲタ弁もあからさまに激怒してるのは
連中の動機がこの辺にあるのがダダ漏れだったからだろうな

私はと言えば事件が起きた95年には20歳で、何もかもが上手くいっていなかった。(略
そんな時に、あの事件が起きた。
不謹慎を承知で書くと、私はあの事件に、というか「オウム」という存在に熱狂した一人だ。
 事件を受けて、メディアの中の「大人」たちは、自戒を込めた困惑顔で言った。「もしかしたら、戦後日本の教育、そして物質主義、拝金主義ばかりの価値観が間違っていたのでは」と。そのことは、私にとっては衝撃だった。
そうか、私は間違った価値観の中で間違った教育を受けてきたから、
今、こんなにも苦しいのか。自分の苦しみの「原因」が見えた気がした。(略)
 オウムは、そんな「戦後日本の虚構」をすべてブチ壊してくれる気がした。
 事件後、私はオウム信者たちと接触していくようになる。事件をきっかけに脱会した信者が出演するイベントなどに通うようになった私は、彼らと出会ってすぐに意気投合した。
 「近代合理主義には救済なんてない。一見自由な社会はエゴでまみれ、汚れている。大人たちに見出せるものは自己保身と虚栄だけ。何かしたい。この社会のために。ここで埋もれているだけじゃなく、自分の全存在を
賭けられるようなものに巡り合いたい。そこに現れたのが、麻原だったのだ」
 私より少し年上の「バブル世代」の彼らは、そう語った。その思いは、わかりすぎるほどにわかった。(略)
そう、私と元オウム信者たちは、いつも「こっちの世界」という言葉を使って
この社会を批判していた。オウムを脱会した彼らは、久々に出家生活から「こっちの世界」に戻ってきて、アルバイトなどをしていた。しかし、
「世界を救済する」という壮大な物語の中にいた彼らにとって、「こっちの世界」はあまりにも退屈だった。バイト先の同僚が語る、
天気やテレビドラマや野球の話。個人の最大幸福にしか興味がないように見える人々。
 「ほんっとに、こっちの世界って、なんにも魅力がないですね・・・」
 彼らから、よく聞いた台詞だ。
 そして彼らといると、「こっちの世界」のすべての人が、半径5メートルの世界と自分の欲望にしか興味がない人たちに見えてくるのだった。
http://www.magazine9.jp/article/amamiya/18402/
40代50代になっても治らない厨2病のために虐殺者を飼育しろとか言ったら
そりゃあムカつくどころじゃないだろう