彼女の名前を、全て呼べる日のために

一作で彼女を国民的女優に押し上げた天野アキというキャラクターは、
能年玲奈の代名詞となり、大衆が彼女に求めるものとも重なった。
『あまちゃん』の放送が終了した後も、天野アキの面影、話し方はまるで役が憑依したように
能年玲奈の話し方や仕草の中に残り続けた。優れた俳優はよく「役を演じるのではなく、
役を生きるのだ」という表現をするが、そのレトリックを越えて、
天野アキは役を終えたあとも能年玲奈とともに生きているように見えた。

 それは新作映画『私をくいとめて』の中で(ネタバレになるが)
主人公が自分の頭の中に作り出した幻の相談役Aのあり方と重なって見えた。

もしかしたら天野アキは、『私をくいとめて』の相談役Aが主人公を助けるように、
この長い神隠しの期間を通じて能年玲奈と共に歩き、生きてきたのではないか。

主人公が相談役Aからの自立を描く新作映画は
、同時にのん、能年玲奈が天野アキという守護人格から親離れ、役離れしていくプロセスを見ているようにも思えた。
それはむろん、アニメ映画『この世界の片隅に』や、
舞台『私の恋人』、映画『星屑の町』といった作品たちを通じて
彼女の中で少しずつ進んできたプロセスの結実の瞬間なのだろう。

 橋本愛は今はまだ、彼女の本当の名前を半分だけ呼んだ。
でもいつか、映画と作品と社会をめぐる長い戦いのあとで、『千と千尋』の美しい結末のように、
誰もが自分の本当の名前を名乗り、自分が本当は何者であったのかを静かに語り始める日が来る。

橋本愛とのん、

能年玲奈が久々に共演する新作映画は、その未来を照らしているように思えた。

文春 
1時間前