>>43, 人間の主体意志成立は、自然に元々潜在している自律性の反映

では、マクロな決定性と “ 拮抗して調律する自律性 “ は、自然の中でどのような構造であるのが最も安定なのか。
それは自然の中で “ 特定の位置 “ を占有せず、
自然全体の中でミクロ構造の “ 非局所的な汎連動性 “ として潜在するのが最適ではないのか。

無機物でも生物でも自律性がマクロな自然の中で、局在した直接作用であれば全体律動は生じず混沌を招く。
人間を考える時も、それは万能ではないが、理性や道徳観が生来的で普遍的であるのは全体律動に拠ると思える。

自律性が自然の中でミクロ構造の全体に潜在して起因するなら、それは強い自律性とは成らず、自然全体の傾向
として機能するのではないか。 つまり、その弱い自律性は物質的決定性と拮抗するが万能ではない。 しかし
生物個体の自由意志と共にその全体律動は、理性的反省や共同社会参加を促し、人間社会として進化するのだと思える。

人間の “ この私 “ は、一人のこの私だけを指すのか ← 重要

Q…人間の主体意識がミクロ構造の非局所性から起因するとして、人間の死によりその主体意識はどうなるのか

A…人間の死によりマクロな生体や脳神経は崩壊するが、主体意識がミクロ領域の “ 非局所的な汎連動性 “
であるなら、それは個別に分割されない作用だから、現に存在する各々の他者の主体意識もどこかで繋がった
一体的作用であり、人間一人の主体意識はその一部である。
人間の主体的自我である “ この私 “ とは、唯一の私一人を指すのではなく、その感覚を共有する人間全般を指す。

主体意識はミクロ領域の、個別に分割されない一体的作用

しかしあれこれと議論をしなくても、この歌詞が非局所性の本質を見事に表現している。
平原綾香のJupiter。 この歌の冒頭の歌詞である “ 私達は一人じゃない。深い胸の奥で繋がっている “
→ https://www.youtube.com/watch?v=e0NKpm2-JN4
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