>>398
>「邪馬台国七万戸」とは言うけど、それは奈良のことなのか?

ここまでのスレを全部読めとは言わないけれど、繰り返し書かれているよ

弥生時代後期の指標土器「第V様式」と呼ばれる土器が使われた時代に、
「畿内第V様式土器」が「大和+河内〜環大阪湾」の範囲で共通に使われるようになり
それまで在地様式のそれぞれの土器が使われなくなる
このときに、「大和+河内〜環大阪湾」の範囲で文化的な統一・一体化が行われ、
一つの勢力として実体を持つようになったと考えられる

この「大和+河内〜環大阪湾」の「畿内第V様式土器」を共通に使う範囲を
邪馬台国七万戸の範囲と考えるのが、畿内説の基本的な立場