【北海道】「何か落ちてる!流れ星!」光り輝きながら落下する"火球" 道内各地で目撃 [朝一から閉店までφ★]
2026年 1月 9日 15:51 掲載
「何か落ちてる!流れ星!」
きのう(8日)午後6時過ぎ。
苫小牧市を走る車のドライブレコーダーの映像。
画面左上から奥に向かって光り輝きながら落ちていく物体。
これは流れ星の一種で、特に明るく見える「火球」と呼ばれています。
こちらはHTBが函館山に設置した情報カメラの映像。
奥に光る火球がゆっくりと落ちる様子が確認できます。
火球はどのような時に見ることができるのでしょうか。
https://www.htb.co.jp/news/archives_35279.html 続き
異世界転生せずともファイアボールが見られてラッキー
これはきっと侵略宇宙人の円盤だ!
すぐウルトラ警備隊に通報しなければ
日本の猿どもには、
こんなこともわかっていない。
高市早苗は首相就任と同時に、
中国に対して宣戦布告を行った。
中国は、工業生産に必須の資源である
レアアースの日本向けの輸出だけを
ストップさせた。
これで、日本の全製造業は操業を停止
せざるを得なくなっている。
対中戦争の最中である日本は、
これから失業者と不況に
あえぐことになる。
古代中国で「流れ星(流星)」や「隕石(陨石/墜星)」が占術的にどう扱われたかを論じるには、まず前提として、これは“夜空のロマン占い”というより、**国家統治と結びついた「天文占(天文=天のしるしの学)」**だった、というところから入るのが筋です。
1) 前提:天文現象は「天のメッセージ」であり、政治の鏡だった
漢代の正史『漢書』「天文志」は、彗星・飛ぶ光(飛流)・日食などの天象をまとめて、陰陽の精気が地を根として天に現れるものだとし、さらに「政の失が地上にあれば、その“変”が天に現れる」と述べます。要するに、
• 天は人間世界(とくに君主の政治)に反応する
• 異常現象は“当て物”というより警告・諫めとして機能する
• 賢い君主はそれを見て身を正し、災いを除く
という、きわめて政治的・道徳的な枠組みです。
この枠組みに入ると、流星や隕石は「珍しい自然現象」以上に、秩序の乱れ(戦争・政変・人事の崩れ)を告げる異象として読み解かれやすくなります。
2) 用語の分節:古代の「流星」「隕石」は、現代の分類とズレる
現代だと「流星=光」「隕石=落ちた石」ときれいに分かれますが、古代文献ではもう少し連続的です。
たとえば占書『乙巳占』は、流星を「天皇(天上の王)の使い」とし、尾の有無や“地に至るか”で分類します。
• 尾光がある:流星
• 尾がない:飛星
• 地に至る:墜星(=隕石のような扱い)
といった具合です。
ここで重要なのは、「地に落ちる」=占断が一段重くなるという感覚が、すでに体系の中に組み込まれている点です。
3) 流れ星(流星)はどう占ったか: “天の使者”としての速報性
『乙巳占』の語り口が象徴的で、流星は「列宿(星座域)を飛行して吉凶を告げ示す」とされます。さらに占断のパラメータがかなり細かい。
• 大きい流星ほど“大きい使い”=大事件
• 速い/遅いで、事の急迫・遅延を読む
• 角(芒角)や音は「怒り」など感情的トーンを帯びる
• 色によって災異の性格を割り振る(青=憂・飢、赤=旱・兵、白=兵・刑、黒=疫病…など)
• どの宿(星座域)を横切ったか、どの分野(地上の国土・官職)に対応するかで“どこに起きるか”を読む
つまり流星は、占術的には「ニュース速報のような天の公電」みたいな扱いです。
「流星=人事・軍事・政争」に直結する典型例
『漢書』「天文志」には、流星を具体の政治ドラマへ接続する記事が出ます。
• 成帝期、文昌(上将・貴相=高官を象徴する星域)から流星が出て紫宮(天子の宮)へ貫いたという描写があり、その後の王氏外戚の権力闘争(王鳳と王商など)に結びつけて語られます。
ここでの読みの特徴は、「流星=個人の吉凶」ではなく、官職・権力配置・中枢の不穏へ結びついていることです。国家の“組織図”が天上に投影されている発想ですね。
4) 「星が雨のように落ちた」=秩序そのものが崩れるサイン
さらに強烈なのが、流星が多数出現する(現代でいう流星雨的な)ケースです。
『漢書』「天文志」は、ある年の出来事として、雷鳴のような音とともに多くの光が雨のように落ち、人々が「星隕(星が落ちた)」と報告した、と記します。そして『春秋』の解釈として
星隕如雨は「王者失勢、諸侯起伯」の異
(王が権威を失い、諸侯が覇者として台頭する異象)と位置づけ、実際にその後の王莽の台頭に結びつけて叙述します。
ここまで来ると、流星は単なる“事件の予告”を超えて、**政治秩序の相転移(体制が別モードに入る)**のサインとして扱われています。
5) 隕石(陨石/墜星)はどう占ったか: “地に届く”=災いが現実化する
隕石は、流星と連続しつつも、占術的にはより決定的です。『乙巳占』ははっきり、墜星(地に至る星)は、その下で流血・破軍・殺将が起こる、とくに咎が深いと書きます。
この発想の直観は分かりやすくて、
• 天上の異変=警告・予兆(まだ“上の話”)
• 地上への落下=境界突破(天の異変が地に侵入)
• したがって被害は具体化しやすい(戦争・処刑・政変)
という構図です。
6) 早い時代から「隕石=隕星」だった:左伝の有名な一句
春秋時代の『春秋左氏伝』には、
• 「宋に隕石が五つ落ちた。これは隕星である」
という直截な断言が出ます。
しかも面白いのは、その直後のニュアンスです。宋襄公が「吉凶はどこにある?」と問うと、周の史官は(大意として)これは陰陽の現象であって、吉凶そのものが“そこから生まれる”わけではない。吉凶は人によると言い、問いの立て方を批判します。
ここには、古代中国思想のクセ(良い意味でのねじれ)が見えます。
• 天象を“祥(しるし)”として読む伝統は強い
• しかし同時に「自然現象=即・運命」へ短絡するのは浅い、という自覚もある
• 天象は人間の政治・徳の問題を映す鏡であって、最終責任は人にある(だから修徳せよ)
天文占は、宿命論の麻薬でもあり、統治倫理の教科書でもある。両方が同居しています。
7) 隕石が“政治的プロパガンダ素材”になる:秦始皇の墜星記事
隕石が「物体」として残る点は大きい。なぜなら、書ける・刻める・展示できるからです。
『史記』「秦始皇本紀」では、秦始皇三十六年に「墜星が東郡に落ち、地に至って石になった」とし、民がその石に「始皇帝死而地分」(始皇帝が死ねば天下は分裂する)と刻んだ、と記します。始皇帝は調査させ、周辺の住民を誅し、石を焼いて溶かした、とも。
ここでの隕石は、占術的意味だけでなく、**権力と言論のせめぎ合いの“物証”**になっています。天が告げるのか、人が書いたのか。いずれにせよ国家は「危険な解釈」を抑え込もうとする。
そして『漢書』「五行志」は、この事件をさらに一段“占い言語”へ翻訳し直して、
• これは「白祥(白い凶兆)」であり、暴虐で号令が通らない政治が招いた
• あるいは「陰(臣下)が君を危うくする」象で、趙高・李斯のような存在を示す
といった解釈を与えます。
つまり隕石は、
@天の告発状であり、同時に **A権力構造の内部告発(臣が君を脅かす)**として読まれるわけです。
結論:流星と隕石は「国家の危機管理言語」だった
まとめると、古代中国の占術(とくに天文占)における「流れ星」「隕石」は、だいたい次のように位置づけられます。
• 流星:天の使者。色・大きさ・速さ・通過した宿・方向によって、どこで何が起きるかを読む速報的サイン。高官人事や軍事、政争と結びつきやすい。
• 星隕如雨(大量出現):王権秩序の崩れ、覇者の台頭など、体制レベルの変動のサインとして語られる。
• 隕石(墜星):天象が“地に達した”ことで、災いが具体化・深刻化する。戦乱・流血・易姓革命(王朝交代)と結びつけられやすい。
• ただし一方で、「吉凶は人に由る」といった、人間側の責任を強調する言い方も古くから並存する。
宇宙を“政治的な掲示板”として読む文化は、現代の目には奇妙に映るけれど、逆に言えば、直接批判しにくい最高権力を、天の言葉として諫める回路でもありました。流星と隕石は、夜空のイベントであると同時に、古代国家が自分の不安と倫理を映し出すためのスクリーンだった、というわけです。
以上が、伝統中国科学の立場からの、
>>1解釈の理論的歴史的基盤。
北東アジアの政治構造の変動を示唆しているし、それはかねてから囁かれ、
ロシアと中国の水面下での抗争の原因ともなっている、「中国による東シベリア接収」にも関わるのだろう
昔下から上に燃え尽きる流星見たことある
(・∀・)ニヤニヤ
北見上空で爆発したのか、その辺で凄い爆発音が聞かれた報告が多数上がってたな