>>64
ガリレイやニュートンあたりが分岐点だと思う。ニュートンはケンブリッジの学生のときには、アリストテレスの四原因が自然現象の説明として教えられてたらしい。
 ケプラーや中華文明の天文学は、星の動きの観察してその周期を記述するだけだから具体的だけど、慣性力や加速度や力は、抽象的すぎて東アジア人の言語では発想できない。

>>66
「文は人なり」という言葉は、国や共同体にも十分に適用できるように思える。
 共同体は、それを構成する成員がコミュニケーションするために使う言語によって、もっともよく定義されるようにみえるから。
だから、日本人が欧米人のように抽象的な言葉で考えるようになったら、日本人は別の民族になる。
 欧米的な社会への憧れと民族アイデンティティーのジレンマは、明治から現在までそしてこれからも、かつてほど意識的ではないにせよ、ずっと続いていく。

 東アジア社会には、イレギュラーな人が排斥されやすい傾向は確かにある。
 欧米の社会は、個人の自由と意思決定つまり人間の諸権利に基づいて構成されている。だから、変わり者が人権を享受するための教育や職場を用意している。
一方で、集団主義の東アジア社会は、おっしゃるとおり社会秩序を維持するために、少数の変人は犠牲にする。
しかし、人種主義的な言説になるが、こうした社会構造の違いは、生物学的な要因に負うところも大きいと思う。
IQテストでは、東アジア人は、白人よりもベルカーブが縦長になる。つまり、白人は先天的なイレギューラーが発生しやすいから、変わり者が生きやすい社会を作ろうという考えになりやすい。
 それから、慰めてくれてありがとう。俺の現在の不幸は、俺の優秀さと美しさと高潔さのせいだと、今ようやく理解したwww 事実、昔はよく言われたよ。顔はいいのにもったいないと。