高校の数学教育をどうこう言っている人は、欧米の教育をよく知っているのだろうかと思う。
 日本の高校でやってる微分方程式は、米国では大学でやってる。米国の高校では、計算の仕方よりも微積分の概念を深く教えてる。
 日本人は、数式の計算や応用は得意だが、数式の表す理論や概念をよく理解していないから、観察された現象から抽象的な構築物を創造することができない。

 ただ、抽象的な創造性の欠如は、言語の違いにあると思う。
 コーカソイドの非常に抽象的な印欧語やアフロ・アジア語 vs モンゴロイドの具体的で半抽象的な言語
 古代ギリシア人は、観察された現象から、言語によって抽象して体系的な理論を組み立てて、
 形而上学や自然哲学を作った。そこからアラブ文明経由でルネサンス以降の科学革命がある。
 つまり、言葉で記述されていた現象を量的に数学で記述し始めた。
 一方で、東アジア人の言語では、現象を言葉で記述すると、半抽象の陰陽五行のようになる。
 東アジア人は、ヨーロッパ人のような体系的で抽象的な理論を作れない。
 欧米人が発見した理論や数式を使って実験やエンジニアリングはできるが、抽象的な理論は立てられない。
 したがって、日中韓の発明や研究は、実験可能な具体的なものばかりになる。