>>657
>魏晋時代に倭人のイトという発音を聴いて支那人が漢字で記録するなら「委奴」にはならず
>音読み=支那人の発音を真似たものである

そうあくまでも真似
日本語の音韻を中国側の音韻体系に取り込むので同じにはならない
逆も同様

「…三世紀の卑弥呼時代の倭人の言語において、五百年もあとの奈良時代と同じ音韻法則を認めてよいかというということが問題だからである。
また、古事記・日本書紀・万葉集のばあいには、同じ日本人が自分の発音している言語を自分で聞きわけ書きわけたのだが、倭人伝の場合には、魏晋時代の中国人が、倭人の言語を聞いてこれを写したものという違いもある。
倭人伝の地名・人名・国名などのなかには、たとえば奴(な)・伊(い)・都(と)・卑奴母離(ひなもり)などのように、のちの日本語とぴったり合うものがあると同時に、何と読んでよいかわからない地名・人名・国名がひじょうに多い。
これは、中国人が倭人の言語をかならずしも聞きわけて書きわけていないことの一つの証拠であろう。
さらに、倭人の言語を書きわけた魏晋時代の中国人の音韻はどうであったのだろうか。…」
井上光貞『日本の歴史1神話から歴史へ』1965年初版(中公文庫2005年改版、270−271頁、適宜改行)