成熟した民主主義国家ならば、スポーツであるオリンピックを国威発揚のために利用する必要は
そもそもない。多様な価値観のもと、メダルの数に一喜一憂するのではなく、各々が関心の
ある競技を、あるいはそれまで知らなかったスポーツを、それぞれの感性で楽しめばいいのではないか。