1921年に32歳で「論理哲学論考(論考)」を発表したルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインは、
言語の限界について主張した人物であり、その哲学はコンピューター科学や人工知能、
認知科学などの分野にも影響を与えています。
20世紀で最も偉大な哲学者の1人であるウィトゲンシュタインは、
コンピューターのコミュニケーションが生まれる以前から顔文字の重要性について強調していました。
Philosopher Ludwig Wittgenstein invented the emoji — Quartz
https://qz.com/1261293/ludwig-wittgenstein-was-the-great-philosopher-of-the-20th-century-he-also-invented-the-emoji/
1939年にケンブリッジ大学の哲学教授となったウィトゲンシュタインは講義のテキストに
「目を閉じて薄いほほ笑みを浮かべる顔」「片方の眉毛を上げた顔」「目を開いた笑顔」といったシンプルな顔文字を記し、
その役割について「『気取り屋』や『威厳』といったことは顔によって表現できます。
顔を使うことで、形容詞を使うよりもより柔軟に、さまざまなことを描写することが可能です」と説明しています。
シューベルトの作品を聞いた時の感情的体験などは、「憂うつな」という言葉を使うよりも、
人間の顔をスケッチした方が表現しやすいというのがウィトゲンシュタインの見解です。
ニューヨーク大学の哲学者であるポール・ホーウィック教授によると、上記のようなウィトゲンシュタインの主張は、
単なる雑談ではなく、ウィトゲンシュタインの哲学に広く通じる内容であると語っています。
ウィトゲンシュタインは特に初期の研究において、
言語的コミュニケーションよりも絵によるコミュニケーションの影響を強調していました。
私たち人間は、言葉を使って自分自身に対して現実を説明しているため、
私たちの現実感は言葉を通じて作り出されるとウィトゲンシュタインは信じていました。
これはつまり、絵的な手法を使ったコミュニケーションが取られれば、
私たちは現実を言葉だけでなく絵的に表現できることになります。
顔を描くことは、言語的ではないコミュニケーションとして認識されたわけです。
ウィトゲンシュタインは1934〜1935年に行われた大学の授業で、円といくつかの線を描き、
「私たちはこれらをただのダッシュだと見なさず、
『言葉では正確に描写できない』特定の表現だと見なします」と語ったことが記録されています。
このほか、地図、建築デザイン、写実的な絵画、モデルなどが「絵的な表現方法」の例として挙げられました。
ペーチ大学のクリストフ・ニーリ教授は、ウィトゲンシュタインが「言葉では伝えられず、
絵を示すことで伝えられることがあるということは、
私たちのコミュニケーション・システムが絵の要素なしでは不完全であること」を示唆していたとつづっています。
一方で、近年のスマートフォンで用いられる絵文字とウィトゲンシュタインの絵文字の大きな違いとして、
「標準化された顔文字」が用いられるか否かという点を挙げています。
ウィトゲンシュタインが想定していたのは、意味を伝えるために各人が絵を描くという方法でのコミュニケーションでした。
自分自身で顔を描かない限りは、多様さや柔軟さが得られない、とニーリ教授は語っています。
今日の絵文字はウィトゲンシュタインが思い描いたものとニュアンスが異なりますが、
今日の絵文字の広がりようを見れば、
絵的なコミュニケーションを強調したウィトゲンシュタインの主張に間違いはなかったといえそうです。
関連ソース画像
https://i.gzn.jp/img/2018/05/02/philosopher-ludwig-wittgenstein-emoji/001.jpg
GIGAZINE
https://gigazine.net/news/20180502-philosopher-ludwig-wittgenstein-emoji/
言語の限界について主張した人物であり、その哲学はコンピューター科学や人工知能、
認知科学などの分野にも影響を与えています。
20世紀で最も偉大な哲学者の1人であるウィトゲンシュタインは、
コンピューターのコミュニケーションが生まれる以前から顔文字の重要性について強調していました。
Philosopher Ludwig Wittgenstein invented the emoji — Quartz
https://qz.com/1261293/ludwig-wittgenstein-was-the-great-philosopher-of-the-20th-century-he-also-invented-the-emoji/
1939年にケンブリッジ大学の哲学教授となったウィトゲンシュタインは講義のテキストに
「目を閉じて薄いほほ笑みを浮かべる顔」「片方の眉毛を上げた顔」「目を開いた笑顔」といったシンプルな顔文字を記し、
その役割について「『気取り屋』や『威厳』といったことは顔によって表現できます。
顔を使うことで、形容詞を使うよりもより柔軟に、さまざまなことを描写することが可能です」と説明しています。
シューベルトの作品を聞いた時の感情的体験などは、「憂うつな」という言葉を使うよりも、
人間の顔をスケッチした方が表現しやすいというのがウィトゲンシュタインの見解です。
ニューヨーク大学の哲学者であるポール・ホーウィック教授によると、上記のようなウィトゲンシュタインの主張は、
単なる雑談ではなく、ウィトゲンシュタインの哲学に広く通じる内容であると語っています。
ウィトゲンシュタインは特に初期の研究において、
言語的コミュニケーションよりも絵によるコミュニケーションの影響を強調していました。
私たち人間は、言葉を使って自分自身に対して現実を説明しているため、
私たちの現実感は言葉を通じて作り出されるとウィトゲンシュタインは信じていました。
これはつまり、絵的な手法を使ったコミュニケーションが取られれば、
私たちは現実を言葉だけでなく絵的に表現できることになります。
顔を描くことは、言語的ではないコミュニケーションとして認識されたわけです。
ウィトゲンシュタインは1934〜1935年に行われた大学の授業で、円といくつかの線を描き、
「私たちはこれらをただのダッシュだと見なさず、
『言葉では正確に描写できない』特定の表現だと見なします」と語ったことが記録されています。
このほか、地図、建築デザイン、写実的な絵画、モデルなどが「絵的な表現方法」の例として挙げられました。
ペーチ大学のクリストフ・ニーリ教授は、ウィトゲンシュタインが「言葉では伝えられず、
絵を示すことで伝えられることがあるということは、
私たちのコミュニケーション・システムが絵の要素なしでは不完全であること」を示唆していたとつづっています。
一方で、近年のスマートフォンで用いられる絵文字とウィトゲンシュタインの絵文字の大きな違いとして、
「標準化された顔文字」が用いられるか否かという点を挙げています。
ウィトゲンシュタインが想定していたのは、意味を伝えるために各人が絵を描くという方法でのコミュニケーションでした。
自分自身で顔を描かない限りは、多様さや柔軟さが得られない、とニーリ教授は語っています。
今日の絵文字はウィトゲンシュタインが思い描いたものとニュアンスが異なりますが、
今日の絵文字の広がりようを見れば、
絵的なコミュニケーションを強調したウィトゲンシュタインの主張に間違いはなかったといえそうです。
関連ソース画像
https://i.gzn.jp/img/2018/05/02/philosopher-ludwig-wittgenstein-emoji/001.jpg
GIGAZINE
https://gigazine.net/news/20180502-philosopher-ludwig-wittgenstein-emoji/