意識の構造 「空(クウ)もまた意識なり」

若き修行僧・玲央は山寺で師から「空(クウ)」の教えを聞いた。

「すべては空である。
固定した実体はなく、すべては関係性で成り立つ」

玲央はその言葉を胸に刻んだが、同時に心の奥で別の声が響いた。
(実体がないなら、何をしてもいいんじゃないのか…)

善も悪もない。世界は意味を持たない。価値は自分が決める。
他者は自分の投影に過ぎない。この瞬間、玲央の中に空を"虚無"
として解釈し始めた。空に無価値など無いという考えだ。

影の空の解釈のもと、どこまでも己の欲に生きた。
次第に信頼は失われ、心は荒れ果て、ますます孤独感が深まって
望んだものは次々と失われて、虚無感だけが残った...


彼は気づく(空を虚無としてとらえれば、虚無が襲ってくる。
世界も自分の崩れ退廃する)

ある夜、玲央は山寺に戻り師の前にひざまずいた。
「私は空を誤解していました。
 空とは何もないという意味ではないのですね」

師は静かに答えた。
「空とはすべては繋がっているということ。
固定した実体がないからこそ、すべての関係性の中で
支え合っている。縁起の網の中にある点としての空。
また心の平穏、執着からの解放の役割がある」

「何事も捉え方一つで心は±どちらにでも動く」