長文ですまんな
ちょっと引っ掛かるんで投下するわ

ビグニの発言に関してはやまおかは論理的に見せかけた(自身が毛嫌いする)感情論しか言ってない
それはアメリカはスナイダー対フェルプスの裁判で
表現が「攻撃的」または「言語道断」と見做されたり受け取られる状況においても、
感情的な苦痛を受けたか否かを基準に責任を負わせることはできないと最高裁で判断下してるから
そのアメリカが草案を用意した日本国憲法の第21条で担保されてる表現自由は本来無制限でそれを受け入れないなら表現の自由を放棄(または改正)して、治安維持法のような明確な基準を憲法上に設けて検閲して削除する他ないが現時点で憲法そのもの修正が実現化してない
チェリーピッキングで何の基準も根拠もなく気分を害するというだけで中途半端に善悪を判断するーこれはそうでしか判断し得ないことを意味するーのは"道理が通らない"(これは命題そのものの定義の条件を満たしていないということになる)
よって現状のこの議論は着地点のない不毛なものになってる(それは話しても解決しないのでそれを行う意味がなく、それに付随してやまおかが拘って提案しているツイコールをする行動自体も無意味になる)
この話題に持ち込んだ時点でやまおか側論理は完全に破綻してるが、やまおかはそれをビビってるからできないというレトリックで決定理論の問題からデュナミスような因果論にすり替えたり、
また燻製ニシンの虚偽やストローマン論法等の詭弁を駆使して相手に圧をかける上
生主ではコメやアンケ、アクティブ基準で行動を決定する性質上それに引っ張られない判断を持つことができず"彼のいう直接"反論できる勇気(それ自体はやまおかが例のツイートは買われたものであるというリプライに対して行った主張のように命題の是非には本来関係ないのだが…)を持つ人間が皆無なのでやまおかの"支離滅裂"で"バカ"げた主張が最終的にまかり通っている状態となっている
これは単純に言えばビグニの不謹慎発言に乗っかったことは最悪手で術中にはまったことになるが、ビグニは面と向かって相手に言えないためこのような形が続いている一種の共生関係となっていると言える