半世紀経ったころには事実改変されてそう

浜崎順平は、天正446年2月、六本木ヒルズ城主こと開發光(ひかきん)討伐にむけて挙兵。守衛に偽りの合言葉を教え城に攻め入る策に出るも失敗に終わった。
しかし、この戦の敗北を決定づけたのは当時家臣であった高橋一成の謀反である。
命がらがら逃げきり、親の財源から武蔵(現在の埼玉)に勃起城を建立。
後に父である浜崎辰水が職を退いたことにより安芸(広島)に城を構えた。
その後も幾度となく追撃から逃れたが、同年8月、飛脚による葉書攻めにより憤死した。