時は平安時代、豊後国に琢磨と名乗る僧がいた
琢磨は役のあるものが謙虚に身を潜めて生きる、千福と呼ばれる教えを民衆に広め、それ以外を邪であるとした。
また毎晩、自身の教えを実践する場として宴を催し、そこで多くの謝礼を得て生活していた。
ある時、琢磨は旅の途中強烈な眠気に襲われそのまま地面に伏した。
数刻経つと、辺りの景色は白一面となり一人の男が琢磨の眼前に立っていた。
その男は多迦駄と名乗り、僧の欲深さ、狭量さを非難し千福が堕落の教えであると説き伏せた。
そして更生への餞として琢磨に仙丹を授けた。
我に返った琢磨は男が仙人であると悟り、自身の行いを大いに反省して涙を流した。
その時に流した涙は巨大な一本の川へと変わり、今の大分川となった。