🐬「ピノちゃんこっちだよ」

確かにその声は正面から聞こえた。
ほぼ真正面。
その瞬間に、右も左もない暗闇の世界で自分のいる座標が決定されたような、一種のカタルシスがあった。
動かないはずの膝が震えた。

これならいけるかもしれませんわ
目を閉じたままほんの少し上半身を使って前傾姿勢を取る。
その時、頭の中にイメージが浮かんだ。
闇に切り取られた断崖の向こう。
シロちゃんが虚空にふわふわと浮かんで笑っている。

絶対に動かせますわ

自己暗示をかけながら、ピノは歯を食い縛って暗闇の中で
白い線で脳裏に絵を描く。

ーーーー電脳世界でならね、絵に書いた餅も食べられましょう

そう、わたくしは絶対立てますわ!

ピノの決意を込めた掛け声と共に
シロちゃんのいる方向に意識を集中させ

ーーーーーそうして彼女は電脳世界での一歩を踏み出した

その白い線で出来た地面にイメージした通りに立ち上がったとき、本物の足にはまだ着地の衝撃はなかった。

一瞬。
白い線でできた世界は消え去り、巨大な穴のような断崖が足元にぽっかりと口を開けた。
恐慌が全身に広がる前に下半身へ衝撃がきた。

倒れ込むように
膝から崩れ落ち両手をつく。
目を開けると、シロちゃんが哲学者のような表情で腕を組んでいる。

🐬「ピノちゃん、ニューロン接続とイメージはバッチリだったよ。あとは恐怖を克服するだけ」

淡々と語るその顔に、喜びと翳りのようなものが混在しているように見えた。

🐬「じゃあもう一度だよ、頑張って」

言われるがままに再び目をつぶる。もう一度白い線を描く
怖くなんかない
わたくしは立ってみせる

「こっちだよ」

右前のあたりから声が聞こえた。そちらへ向かって一歩踏み出す!

地面がない。 死ぬ。
そう思った瞬間にまたわたくしは崩れ落ちた。

泣きそうになった。
こんなゲームを面白いと感じる自分自身が怖くなる。

🐬「もう一度だよピノちゃん」

風は凪いだままだった。