>>651
生路の面白いところは周りの反応や状況から省みて自分を客観視できるところ
自分で完全に自分のおかしさを完全に理解できているわけではないんだけど
周りの反応や状況を分析した結果
自分ではそう思っていないけれど多分周りにはこういう風に受け止められているようだぞ?
とちゃんと自分を客観視できるところ
そしてよくわからないけれど多分それは自分にも原因がありそうだぞ?
とうすうす感じられているところ
だから自分でも自分のことをADHDだと認めて受け入れることができる懐の大きさがある

発達障害はこの自分の理解と周りの理解の乖離に苦しみストレスが溜まって
うつ症状になったり社会にうまく溶け込めなかったりするわけだが
生路は少なくとも客観視ができるので社会と歩調を合わせようと思えば
訓練次第でなんとかなりそうな気がするんだが

まあ本人はそこまでして社会に馴染みたいとも思っていないし
今の環境でも生きてはいけるのでそこまでする必要性をあまり感じず
現状に甘んじているんだろうけど

ところが同じ発達障害でも
ひげやきにはこれが全くできない
超重症な真性発達障害
だから全ての人が匙を投げ
なるべくかかわらないことで
ひげやきから受ける被害や不愉快さを最小限に食い止めようと
腫れ物に触る扱いをする
そして本人そのことすら分かっていないやっかいさ

同じ発達障害でもいろいろですなあ

ひげやきは己れを省みるという客観性がないので
無能故に自分が正しいと大きな勘違いで思いこんだら軌道修正がもうできなくなる
しかし生路は一時的に感情的になっても
後になって冷静に客観視することで自分を省みることができる器がある

これ人間的にとてつもなく大きな差なのよね
社会の中で生きる上では尚更
だから生路にはまだ人間としての可能性を感じるが
ひげやきには全く感じない

そのかわり生路はその自分と周りの違いが
わかってしまうが故に苦しみもがく
ひげやきは全くわからないのでその違いに苦しみすらしない
周りが間違っていて自分こそ正しいと思い込んで揺るがない

どっちが人間として正しく魅力的かと問われたら間違いなく生路だ
しかしどっちが生きるのが楽かと問われたら間違いなくひげやきだろう
なんとも正直者が馬鹿を見る無情で理不尽な世の中よのう
真正の基地外のほうがある意味幸せという
世の中おかしいよ