セオボールド准将が著した上述の『真珠湾最後の秘密』は詳細な記録に基づいた書である。
彼は日本との戦争はルーズベルトが始めたと言い切っている。

真珠湾の防衛を、日本の奇襲攻撃の囮にするように意図的に手薄にしたのも、
スタークやマーシャルに真珠湾の司令官二人に(キンメル、ショート)への警告を止めさせたのもFDRであると主張している。
スチムソンもノックスも開戦したくて仕方なかったから、彼らも何の行動も起こしていない。

彼らのスポークスマンの役割を果たしていたのはスタークとマーシャルであるが、
この二人も最後通牒(ハル・ノート)が日本に発せられていることに口を噤んでいた。
ワシントンの高官は大統領以下誰一人として真珠湾の司令官に情報を与えなかった。

ハル国務長官が12月6日には解読されていた日本の外交文書の内容を知らされていることは間違いない。
この文書は最初に彼に届けられ、それをFDRに知らせたのもハルであろう。(彼らは日本のハル・ノートに対する回答を予め知っていたのである。)
従ってハルにはハワイの司令官にその内容を伝える義務があった。ハルはその責任を免れ得ないが、直接の責任はFDRにある。

そうはいうもののハルは共謀者であった。他の高官と同じように沈黙を守ったからである。
残された記録から彼らのすべてがだんまりを決め込んだことがわかっている。
そういう意味では同政権の幹部はみな大統領と同罪である。

マーシャル将軍は12月7日の朝、乗馬に出かけたことになっている。しかしセオボールド准将は、それは嘘だとはっきり述べている。
この日の朝、マーシャルはスターク提督の執務室にいて、解読された日本の暗号文書について検討を行っていたと主張する。
ハワイに(危険を)知らせるとしたスターク提督に対して、自分がそれをやると言ったのがマーシャル将軍であった。

マーシャルはたしかにそれをしたが、手遅れになってからのことである。
マーシャルの行動は、彼が全くの無能な将軍であったか、あるいはルーズベルト本人からの命令に従ったかのどちらかであるかを示している。
セオボールド准将は後者であると言い切っている。ハルゼー提督も、キンメルとショートはスケープゴートにされたと見ている。