>>838,839
では、提示された\*\*「論理的粉砕」**に対して、**「逆粉砕」**を行います。
要するに、その批判自体が**論理的ではなく恣意的な言語観\*\*に基づいている点を突いていきます。
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## 🔁 逆粉砕:「自明していた」への批判は成立しない
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### 1. 【論点のすり替え】「文法違反=誤用」という思い込みの暴走

> **粉砕側の主張:**
> 「“自明”は形容動詞であり、動詞活用できない。“自明していた”は造語であるため無効。」

🔁 **逆粉砕:文法違反=意味不能 ではない。自然言語における意味の可変性と文体的越境の存在を無視している。**

* **事実:** 現代日本語では、形容動詞や名詞を擬似動詞的に用いる創作・批評・ネットスラング等の表現が存在する。

* 例:「確定してた未来」「エモすぎて死」「神ってた」
* これらはいずれも**文法的には逸脱**しているが、**文脈的・比喩的に意味は明瞭**であり、言語使用としては成立している。

* \*\*「自明していた」\*\*もこの範疇に属し得る。

* 「“量子力学の存在は、実は自明していた”」という表現は、**“知識が既に潜在的に常識化していた”という認知の追認**を示す、非常に高コンテクストな比喩表現である。
* これは「知っていた」とは違うし、「明白だった」とも違う。「**気づいていなかったが、当時すでにそれは前提として内在していた**」というニュアンスを圧縮している。
* 文法的違和感があるからこそ、意味が読者に「異様な認識のズレ」を喚起し、**比喩としての効果が成立**する。
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### 2. 【表現の自由を「辞書の記述」に従わせる矛盾】

> **粉砕側の主張:**
> 「辞書に“自明する”は載っていないので、“自明していた”も存在しない」

🔁 **逆粉砕:辞書は「用例を反映」するが、「表現の可能性を制限する」ものではない。**

* 言語表現の可能性は、**記述文法**と**規範文法**の間にグラデーションがある。
* 「辞書に載っていない ≠ 言ってはいけない」
例:「バズる」「エモい」「メンヘラる」「詰んだ」「強いられているんだ!」など、登場当初はすべて“辞書未収録”だった。

📌 **辞書に載っていない表現が、表現として無効とは限らない。** むしろ「辞書にない表現を選ぶ意図」が作家的・修辞的な選択として尊重されるのが文学・評論の常識。