関連知識が少ないから多面的に思考する材料も足りず曖昧なまま結論を出すので直感的という枠に収まってしまう
コロナ禍に関しては未知の出来事でもあったのに、熟慮性の無さを問うのは酷だ
基礎学力は確かに物差しにはなるけど、リスクを評価する上で決定的な材料になるには習慣そのものが関わってくる

このように熟慮性の無さを語る上でも階層構造や個体差による別な傾向と客観的な性質が隠れている
問題を複雑化するのが嫌だから「熟慮性が無い(思慮が浅い)」で済ませて具体的な指摘が出来ないままになってしまう