>>11
6/26
「湾岸のタワマン」はリスクが大きすぎる…震災の専門家が「倒壊しなければいいわけではない」と警告するワケ
橋が落ちれば、インフラ途絶で孤立化する
https://president.jp/articles/-/70645?page=1
東京都にも「帝都復興事業」のようなプランはあったんですよ。1945年3月9日の東京大空襲後、戦争に勝つにしても負けるにしても東京の復興は急務だと内務省が復興計画を練り始める。そうした動きのなかで、「東京戦災復興計画」を策定したのが、都市計画家で東京都都市計画課長の石川栄耀です。

「東京戦災復興計画」の特徴は、市街地の外周に緑地地域をつくり、市内には河川に沿って公園緑地を整備し、交通、防災、保健、景観上の観点から幅100メートル、80メートルという植樹帯を持つ広い街路を敷設しようとしたこと。...

しかし石川栄耀の「東京戦災復興計画」は実現しなかった。

都知事の安井誠一郎が「東京戦災計画」を机上の空論だとして、握りつぶしてしまったからです。

安井誠一郎は、関東大震災と戦災では事情が異なり、都市計画よりも都民の衣食住を優先すべきと考えた。その結果、当初の計画では約2万ヘクタールあった区画整理対象エリアで、実現したのはわずか6%。またGHQの農地改革で公園用地が農地と見なされ、私有地とされました。その上、政教分離政策で、もともと公園とされていた寺社などの土地の私有地化も進んでしまう。

一方で名古屋や仙台なども空襲の被害を受けましたが、行政のトップも都市計画の専門家も議会も同じ方向を向いて、戦後復興に向かった。とくに名古屋市は戦後復興の優等生と言われるが、目先の食糧難より将来の名古屋市民のためにと復興計画を推し進めた。