油に菜箸を入れると、揚げ物の適温かどうかわかるのはなぜか――。この料理の知恵の謎に挑んだ研究者たちがいた。

 きっかけはコロナ禍。ポケットマネー、研究室の片隅で実験を続けること約1年。深まったのは「料理をする人たちへの尊敬の念」だったという。

「完璧なサクサク感」、料理本のような導入の論文が生まれたわけ
 「天ぷら、シュニッツェル、サモサ、フライドポテトなど、揚げ物は文化や時代を超えて愛されるグルメの一つです。完璧なサクサク感は様々な要因に左右されますが、完璧な調理温度を達成すること以上に重要なことはないでしょう」

 今年6月、米国の科学誌「Physics of Fluids」に、料理本のような導入の論文が載った。

 著者は米コーネル大で博士研究員をしている木山景仁(あきひと)さんら、出身国も多様な6人の研究者だ。

 きっかけは2020年にさかのぼる。

 この年の春、米国は新型コロナウイルスの感染拡大でロックダウンした。木山さんも4月に博士研究員として米ユタ州立大学に来たが、研究室に行けない日々が続いていた。

 自宅アパートに機器を持ち込み、1人実験を続けたが、結果は思うように出ない。次第にフラストレーションがたまっていった。
気持ちは研究室のほかのメンバーも同じだった。オンラインでミーティングをしても、必ず誰かしらが落ち込んでいた。

 「研究者として、みんな何かしらの知識や技術をもっているのに、結局、自分たちの生活に還元できていない。そんな鬱屈(うっくつ)した思いがあった」。当時を木山さんはそう振り返る。

 ある夜のミーティングだった。夏になり、ロックダウンも解除され、研究室での実験がやっと再開されたころだ。

 ふと、雑談の中で、料理の話になった。特に料理好きのメンバーがいたわけではない。木山さんは、恐らく、コロナ禍で自宅にいる時間が増え、家族が料理をする様子をみたり、自炊したりする機会が増えたせいだと振り返る。

 バングラデシュ出身の学生が「祖母が揚げ物をするとき、木のさじを熱した油に入れて、揚げるタイミングをはかっていた」という話をした。

 日本でも揚げ物をするときの油の適温を知るために、菜箸を使う知恵は昔からよく知られる。菜箸を熱した油に差し入れたとき、あがってくる泡の形状やはじける音で、低温、中温、高温を見極める。

木山さんもこの知識があったので、学生の話を「あり得る方法だ」と聞いていた。中国人の同僚もそうだ。一方、欧米の同僚はピンと来ていなかった。

 議論するうちに、当たり前のように料理で使うこの知恵も、背景にある物理を問われるとはっきりしないことに気付いた。文献を検索しても、きちんと科学的な説明をしているものは見つけられなかった。

https://www.asahi.com/articles/ASQ986DNJQ92ULBH013.html