>>60
>古代ギリシア人は、観察された現象から、言語によって抽象して体系的な理論を組み立てて、
形而上学や自然哲学を作った。

カントも似たような印象を抱いていたように思うが、これは中国文化もやっている。易経や暦、天文学なんかはかなり高度なものだけど、
四書五行の科挙制度がまだ時代的に機能性を有していたときは良かったのだろうと思うが。
科挙制度のような大量暗記は即効性が高いけど、あまり発展性をもたらさないからね。

西洋の自然科学発展期ぐらいから、四書五行の内容が通用しなくなりはじめたのかな、と思う。単に制度の良し悪しよりも、その具体的な内容が時代についていけなかったように思う。
ちなみにカントは、日本人については18世紀に、日本人は極度の強情にまで退化しており、沈着、勇敢、死の軽視といった点で「アジアのイギリス人」といってよいと評しているよう。