学術会議の腐敗に、科学者みんなが困っている
慶應義塾大学SFC研究所上席所員 部谷 直亮

■学術会議にかけられたGHQの呪い

 今や軍事武装ドローンを持っていない軍隊は、北東アジアではモンゴル軍と自衛隊だけ。
 中国は言うに及ばず、韓国軍や台湾軍にすら劣後している。

 この一因として、戦略環境変化を認識できず、20世紀の工業化時代の発想に多くの日本人がとらわれていることが挙げられる。
 その元凶になっているのが、今話題の日本学術会議である。

 この学術会議は1950年の声明以来、一貫して軍事研究の禁止を訴えているのだが、実はこの組織自体がGHQによる日本非軍事化のためにつくられたと言っても過言ではない。
 まるで小野田寛郎元少尉のように失われた司令部からの命令を後生大事に、この弧状列島で守っているのだ。

 経緯を説明しよう。
 GHQの当初の政策は、軍事的に日本を無力にしつつ、復興に必要な民生関連は残すという方針を掲げていた。

 例えば、GHQは日本占領開始とほぼ同時に原子力・レーダー・航空機といった軍事研究を禁止し、軍事研究と判断した施設はすべて破壊し、組織を解体した。
 一時は理化学研究所ですら解体されそうになった。学術会議の創設はこの流れの中にあった。

 46年1月、ハリー・C・ケリー博士が赴任してくるのである。彼は原子力などを研究する物理学者であったことからも明白なように、日本の原爆開発を筆頭とする軍事研究の調査・監視・評価・判定・解体を主任務としていた。

■純粋な民生技術以外は潰した

 具体的にケリーが手掛けた仕事は、第1に、日本の科学者に各自の研究を毎月報告させ、日本の研究を常時監視し、純粋な民生技術以外は潰した。
 この報告に嬉々として協力したのが、学術会議会長を務めた茅誠司らの3人の科学者である。
 彼らは三銃士と称し、誇らしげにケリーに協力した。

 第2は軍事研究施設の解体で、東大航空研究所の航空機開発用風洞の解体はその典型である。

 第3は、こうして収集・分析した情報を元にした、GHQの科学政策への助言である。

 そして、最後がケリーのもっとも大きな仕事となる学術体制の刷新であった。

(以下略、続きはソースでご確認下さい)

プレジデントオンライン 12/9(水) 9:16
https://news.yahoo.co.jp/articles/60615b373bc763f1c34e021d2461f49e6dcd1248