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> 統計的に意味があるよなんて言えないと言うこと

「予め与えられた危険率に対して統計的に意味がある」というのは言える

というよりも、危険率つまり外れる可能性に関する確率付きでの統計的言明を認めないのならば、白か黒かしか言えなくなり、自然科学的・工学的な言明はほぼ何も言えなくなる
(数学のような演繹だけで組み上げられる理論体系はともかく、経験的な事実の積み重ねに基づいて帰納的にしか認められ得ない言明で危険率ゼロで言えるものなど、まず存在しない)

問題は統計的な言明は常に外れる可能性つまり「危険率」を伴っていることを認識していない人間が多いということ
これは一般人は言うまでもなく、少なからずの科学者たちでさえだ

同様に科学者でさえいい加減なのは有効桁数の正しい理解と正しい使用だ
栄養士が食事メニューのカロリー値を3桁もの有効数字で平気で表示する(つまり栄養成分表の値を単純に足し合わせて計算した結果の値を無批判に表示する)のは
まだ可愛げがある(栄養士さんはプロの科学者じゃないから)けれども、東大地震研などに代表される日本の地震学者たちが何らかの法則か何かの式にパラメタを入れて得た計算結果として
「××でM8以上の地震が30年以内に起こる確率は35%」などと見込まれる誤差の値を添えず無反省に有効数字2桁で示すのは論外だ

東大地震研(や同様に地震予知利権に巣食っている他の地震学者)の連中は学食や社員食堂のオバチャン(の1人である栄養士)並みの科学的理解しかないということだ

しかも地震の発生確率を2桁の数字で社会(一般人)に向けて発表することは社会に大きな誤解を与える
何故ならば誤差や有効数字の概念を理解していない一般人は2桁の精度で地震予知ができると誤解し、
「そんなに正確に予知できる地震が35%つまり3分の1以上の確率で30年以内に起こるんだ」と錯覚するからだ

私は、こういうデタラメな「●●年以内に○○(場所)でM△以上の地震が発生する確率は××%」というのが▼▼(例えば地震)学会で発表されたというニュースを見聞きする度に、
何故、このニュースを取材した記者は「先生、その確率そのものに付随する誤差は幾らなのですか?」と質問しないのかとイライラする

地震予知での一定期間内の地震の発生可能性なんて、せいぜい「極めて起こりそう」・「かなり起こりそう」・「まあまあ起こりそう」・「少し起こりそう」・「起こりそうにない」ぐらいの半定量的な区別しか意味がないのだ


というわけで、話を元の統計的言明と危険率との問題に戻すと、重要なのは、
統計に基づく言明には常に外れる可能性に関する確率(つまり危険率)がゼロでなく付随しているということを科学者は正しく認識して使用する必要がある、
そして、そういう統計に基づく言明を一般社会に向けて発表する場合には、外れ得る確率をちゃんと示し、その言明が外れる可能性が常にゼロでないということを周知徹底する、
これら2点を正しく守るということだ
逆に言えば、これら2点を正しく守れない人間は科学者・工学者と名乗る資格がないといういうこと

これは有効数字の桁数(と誤差の存在やその値)に関しても同じだ