>>797

>九州の邪馬台国は、争いなく、畿内に屈したと言いたいのか?
まさにそれを探していましたし,鉄製武器で武装し,倭国大乱を経験してきた邪馬台国に対抗するには青銅製武器が主流の畿内側がどう戦ったのかが疑問だったわけですが

示していただいた資料がその糸口をくれました。
つまり邪馬台国消滅期(すなわち古墳時代開始時期)に
「政治拠点である伊都国や奴国が率先して畿内勢力になびいた」ということです。

伊都国では古墳時代まで甕棺墓を行っていたようですから,
「伊都国殲滅後に畿内側が支配した」などということもなく,
あくまで伊都国の国主がつづいていたと考えられ,
すなわち「穏便に降伏した」ということです。