>>634
>(邦人による)漢文の訓読はド・ト・ヌ・ノ等どれでもいいのでは?
そうは問屋が卸さない。
訓読=翻訳はこの際無関係。なんとなれば
古代の日本語の地名らしきものが古代の支那人によって
記録されているのだからキリスト教紀元1〜3世紀あたりの
支那語の発音を求めてそれに近い日本の地名を探すのが常道。

「委」は万葉集で「ゐ」に当てられている。
例えば「等利委」と書いて「とりゐ=鳥居」を表している。
「い」と「ゐ」は奈良時代以前は異なる発音だった。
弘法大師が「いろは歌」を作った時代には「い」と「ゐ」が混同される様になっていた。
寒流捏造ドラマじゃ無いんだから正しく時代考証しなければゴールに逝けない。

「奴」は万葉集で「ヌ」にあてられている。
例えば「秋者来奴」と書いて「秋は来たりヌ」と訓んでいる。
そもそも平仮名の「ぬ」もカタカナの「ヌ」も字源は「奴」である。

魏晋時代に倭人のイトという発音を聴いて
支那人が漢字で記録するなら「委奴」にはならず
イには伊、已、以、移、異などを当てるし
トやドには刀、度、斗、土、登、得、迹、止、度、杼、砺
などを当てるだろう。

「止」は「止まる」などの使い方から訓読みと思ってる日本人が多いが
渡来人「止利仏師」の名前に使われておりれっきとした音読み=支那人の
発音を真似たものである。