三度目の拍手が、断わりもなくまた起る。隣りの友達は人一倍けたたましい敲き方をする。無人の境におった一人坊っちが急に、霰あられのごとき拍手のなかに包囲された一人坊っちとなる。包囲はなかなか已やまぬ。演奏者が闥たつを排はいしてわが室しつに入らんとする間際まぎわになおなお烈はげしくなった。ヴァイオリンを温かに右の腋下えきかに護まもりたる演奏者は、ぐるりと戸側とぎわに体たいを回めぐらして、薄紅葉うすもみじを点じたる裾模様すそもようを台上に動かして来る。狂うばかりに咲き乱れたる白菊の花束を、飄ひるがえる袖そでの影に受けとって、なよやかなる上躯じょうくを聴衆の前に、少しくかがめたる時、高柳は感じた。――この女の楽を聴きいたのは、聴かされたのではない。聴かさぬと云うを、ひそかに忍び寄りて、偸ぬすみ聴いたのである。
 演奏は喝采かっさいのどよめきの静まらぬうちにまた始まる。聴衆はとっさの際にことごとく死んでしまう。高柳君はまた自由になった。何だか広い原にただ一人立って、遥はるかの向うから熟柿じゅくしのような色の暖かい太陽が、のっと上のぼってくる心持ちがする。