中央公論 2021年2月号
中国の軍民融合に無頓着な日本
大学はなぜ経済安保を直視しないのか   
▼細川昌彦
ttps://chuokoron.jp/chuokoron/backnumber/116617.html
 中国との研究交流での最大の問題は、近年、中国の軍民融合戦略が格段に深化していることへの認識が大学関係者の間で
決定的に欠如していることだ。
 2017年以降、中国は「軍民融合戦略」を国家戦略として強力に推進している。
「軍民の高度先端技術の共有と相互移転を促進して、ハイテク武器装備の建設を目指す」(「中国軍民融合戦略)2016年)。
民生技術の軍事への転用どころか、最初から一体で開発する方針だ。
 そして習近平国家主席をトップとする「中央軍民融合発展委員会」を設立した。こうしたハイレベルの国家戦略の下で、今や
大学・研究機関も軍事研究開発に参画・協力する体制を構築している。
 わかりやすい証が二つある。
 まず「軍事四証」だ。これは中国では人民解放軍の武器装備品の研究開発・製造を請け負う大学・企業に対して取得を義務付け
ている資格だ。国防関係の大学だけでなく、一般の大学にもこの軍事四証を取得させて、軍需分野への参入を促している。
 もう一つの証は、軍需企業集団と大学との間で次々と締結されている「戦略的協力協定」だ。直近数ヵ月でも中国兵器工業集団
と中国科学院の間で、そして中国船舶集団と上海交通大学の間で締結されている。
 こうした中国の動きに、18年以降、米国政府は警告を発して、大学も含めて警戒態勢に入っている。…(略)…
 豪州でも中国の大学・研究機関に対する警戒が高まっている。著名なシンクタンクである戦略政策研究所(ASPI)が報告書を
出して警鐘を鳴らしている。
 欧州でも中国との研究協力のあり方に懸念が高まり、欧州委員会が大学・研究機関に対してガイドラインを公表している。
 このように中国の大学との研究協力で、軍事に関連するリスクが格段に高くなったことは否定できない。そのことに日本の大学は
無頓着だ。前述の豪州のASPI報告書でも、日本の大学による大らかな研究協力に疑問が投げかけられている。
     …(略)…
 中国は今、軍民融合の戦略を進める上で、日本の大学へのアプローチを強めている。研究現場には、中国側からの熱心な
ラブコールが送られてくるという。その背景には、米国から排除されつつあることもあるようだ。これを日本の大学はナイーブに
歓迎し、無防備な光景が繰り広げられている。
     …(略)…
 前出の豪州のASPIも中国の約160の大学・研究機関について軍との関わりのリスクを4段階で評価している。リスク度が高い大学
と日本の大学が交流協定を結んでいる例も多数挙げられている。
 日本の大学、研究者はこうした海外のリストに掲載されている大学・研究機関の危険性に全く無頓着だ。欧米諸国の危機感、
警鐘が、日本の研究者には届いていない。
     …(略)…
 18年、中国科学院が「早急に攻略を要するコア技術35項目」を報じているが、その大半は、日本では民生技術とされているものだ。
 さらに最近の状況変化として新たな軍事技術の潮流も重要だ。
 量子コンピューター・量子暗号などの量子技術や人工知能は軍事の世界にゲームチェンジをもたらし得る。その結果、最先端の
軍事技術は軍ではなく民間で創出されるという、軍事技術開発の大変革が起こっているのだ。中国でも「智能化戦争」と呼んで
推し進めている。「日本はこうした潮流に乗り遅れているのではないか」と国内から厳しい指摘もある。そこで、防衛省も遅ればせ
ながら民間人材を活用するなど民間の先端技術を発掘する体制強化に乗り出した。
 もはやこれまでのように軍事技術と民間技術を分けることは意味をなさなくなっている。
 そこで米国は技術流出を防ぐ対象として「新興技術」に着目し、20年10月、国家戦略の対象として重要な20分野を挙げている。
     …(略)…
(続く)