>>497
確かに鎌田の爺さんの話の中身はほぼ生きた化石だ。しかしデモというものは甘く見ると結構まずいことになる。
歴史的には、総人口に比較すれば圧倒的に少数、また非常に特殊な人々によるデモ、
ないしデモ類似の事態だったのに、結果的に革命に化けてしまった例は多い。

フランス大革命で、バスチーユ襲撃や国王のパリ帰還強要デモに参加した暴徒ないしデモ隊は、
人数としては国民中の圧倒的少数や、一部の特殊な人々(おかみさんデモ等)だったが、
どちらも結果的に見ればブルボン王家にとって回復不能の打撃になった。

ロシア2月革命では、皇帝が大本営に出陣した留守を守る帝政ロシア政府は、
兵力47万のペトログラード守備隊に護られていながら市内の大騒ぎの中で頓死した。
守備隊の護衛すべき官公署・要所が多すぎ、兵力が分散し、部隊の相互連絡も途切れ、
肝心の省庁の閣僚たちの護衛が一部の暴徒に簡単に突破され、閣僚が次々に捕らわれた。

1989年の東欧市民革命では、首都住民が(下手をするとビールの一杯でもひっかけながら)
仕事をさぼって路上に出て大騒ぎしただけで、事実上、首都が全市ゼネストないし機能停止状態に陥り、
政府が政権を投げ出した国は多い。(国によって事情は様々で一概には言えないが。)

人数が相対的に少数だったり参加者が特殊な人々でもデモは馬鹿にはならない。
(デモのプロ連中でなく、興味本位の連中であろうとも、そこらの一般の暇人の比率が多いほど危ない。)
1960年の安保騒動の際、当時の岸首相が「国会前も人で一杯だが野球場も人で一杯だ」と言って
自分がマジョリティーの代表だと見得を切ったが、実際には首相は自衛隊出動を真剣に考えていた。

歴史的に見るとデモというのはそういう一面もある怖いものだ。
警視庁公安部が莫大な予算と人数と手間をかけてデモ対策をしているのもそのためだ。