表情が戻ってきて、応答がしっかりし始めた。一日中ほぼ寝たきり状態だったのが、昼間は起きて通所リハビリで教わった運動などをしているという。
初診から1年後、ほとんどすべての薬剤を中止した頃には別人と見まがうほどになっていた。 外出の際はまだ車いすだが、
家の中は自力で歩いているという。手術の合併症で苦しんでいたわけではなかったのだ。薬剤の副作用による認知障害を起こしていたのである。
初診2年後の受診時には、はっきりとした口調でこう話してくれた。「下肢のしびれ・痛みは時々あるが、
前ほどひどくはない。杖で外出し、週1回の手芸教室に通っている。先日は、久しぶりに小学校の同窓会に出席した」
劇的な改善である。会うと元気になる(?)とのことで、今でも半年に1度ほど夫とともに来院している。
鎮痛薬にもいろいろな種類があり、それぞれ使い方にクセがある。たとえば、モルヒネなどの医療用麻薬は、
手術中や手術直後の痛みなどの急性の痛みや、がんによる痛みなどには極めて有効であり、積極的に使用しても問題は少ない。
一方、慢性の痛みでは、ほとんどの場合に効果はあまりなく、それどころか大量に長期間使用を続けると、
さまざまな副作用・合併症を起こしてかえってQOL(生活の質)を損なうことが知られている。さらに、
複数の薬剤を同時に使用すると、相互作用を起こして、副作用が増強されたり、滅多に起こらない副作用が起こったりする。
しかも、残念ながら日本では慢性の痛みに対する鎮痛薬の使い方に習熟している医師は極めて少ない。
複数の医師が連絡をほとんど取らないで複数の薬を処方していた、という悪条件も重なって、効果はほとんどない。
その一方で、認知障害、便秘、胃もたれなどのさまざまな副作用に苦しめられていたのである。
高血圧や糖尿病の薬のように、長期間、定期的に服用を続けることが重要な薬もある。だが、
鎮痛薬の多くは、必要最小限の量を必要最短期間だけ服用すべきなのである。また、痛みについてだけでなく、
同じ病気に対して複数の医師から処方を受けるのは、原則として避けたほうがいい。そして、
薬の効果や副作用について疑問がある場合には、処方した医師や薬局の薬剤師に率直に尋ねてほしい。
場合によっては、セカンドオピニオンを求めることも考慮すべきだろう。まさに「薬も過ぎれば毒となる」のだ。