洞窟の比喩 A

ーーーそれから三か月後、フィクサーと呼ばれ恐れられた男、藤堂が亡くなった。
突然死だった。心筋梗塞。特に事件性はなし...

 亡くなったその日は、九月十三日の夜、中秋の名月、十三夜だった...
私は、改めて藤堂が別邸で語っていた話の内容を思い起こしていた...

「天国に行きたくとも天国を地獄に変えてしまうワシのような男は無理じゃろうなぁ…
そう考えると実にうまくできた世界なのかもしれないなぁ…

最近おかしな夢を見てな、それから少し考えるようになった。ひょっとしたら
ワシが見ているこの現実は本当に現実なのだろうかと...

現実は本質の影にすぎないのではないかと思うようになった。おかしな話だが…」

「私たちが現実と思っていたこの世界が、誰かの作った仮想現実のスクリーンの
世界の中で生きているのではないかというお話ですね」

「そうそう、それだよ。ワシはこの世界で生き延びるために、人を押しのけ踏み台し
利用することだけを考え生きてきた。この人間は利用価値があるかどうか、物事を得か、損か、
利益を生むかどうかを優先してきた。その執着だけで生きてきた。とにかく強欲だった…

それが答えであるかのように生きてきた。また生き方によっちゃ違った生き方が
出来たのかもしれんけどな、今となっては年寄りの戯言に過ぎないけどな…」

ーーーこれが修羅の世を生き抜いた藤堂が最後に残した言葉だった...
 「仏教における六道のひとつ「餓鬼道」に落ちた亡者のごとく常に飢えと渇きの苦しむ。
 どこまでも満たされることのない飢えと渇きに苦しんでいたのかもしれない」と
 
  そんな言葉が脳裏を駆け巡る... 月明かりの中、夜空を見上げる。
今夜は中秋の名月、十三夜か... 「現実は本質の影に過ぎないのではないだろうか…」
 色々と藤堂が語った言葉の中で、何故か、この言葉が突然、脳裏に浮かんだ...

 藤堂は私に何を伝えたかったのか... 取り出した煙草に火を点けた。
煙はまっすく上に立ち上がって夜の闇に消えてゆく... 夜空には十三夜の月が輝いていた…
 そんな夜空を眺めてはあれこれと思いを巡らせていた...