>>416
イソヒヨです
ストーンに関して言えば、それまでは氣がしっかり入る活きた石を見たことがなく、活きてる石にはしっかり入るのが分かったので質の良い活きてる石を選んで販売に至ったということみたいですね
ユーザーからすれば、安定して質の良いエネルギー供給を常にしてくれて身につけられるアイテムの販売は有り難いんじゃないですかね
原価については、サロン情報なので言えませんが、相手側が和解を申し入れてきたとありました
そう言う事ですわ

高い石でも原価が高ければ売値が高いのも当たり前で、あとは氣の付与にどれだけ価値を見いだせるか?個人の判断だよね

心に芯棒の話は、「失望した」とか言ってるからですよ
そこに一種の依存があるでしょう
失望してる時間はその人にとって無駄でしかないね

彼らのスタンスはなるべく依存させないで自己解決と自立を促すことを「お手伝いする」ということですよね
「俺について来い」とは決して言っていない
こういう集まりはどうしてもコアな取り巻きを特別扱いしがちですが、彼らはむしろ深入りせずにフラットであろうとしています
ただどうしても依存体質の強い人たちが集まりやすいのがスピリチュアルなので、そういう人たちにいきなり突き放すようなやり方はせず徐々にケアしていく形をとっているんでしょう
その緩やかなやり方が、安易な見方をすると信者の抱え込みに見えるのかもしれんね
>>415
なにを以て精妙さと言われるかは分かりませんが、細かい、荒いは強弱と区別してるみたいですね
食に関して言えば、動物も植物も生き物の命を戴くと言う意味では等しいのでは?と考えています
人が歩いても、呼吸してもそのたび微生物は死んでるわけだし
基本的に生きるということは他の命を消費するという構造から逃れられないでしょう
それをありがたく戴いて自他を活かす糧とするか、ただ殺し奪うかの違いに人生修行の意味があるのかもと思っています
動物はかわいそう、植物はオッケーのヴィーガン的な考えは俺は傲慢だと思います